研究員Report_02「VeryGoods」(展示会)

にぎわい空間研究所
主席研究員 降幡 恵

 
 
BtoC業界展示会による新しい商品マーケティング
〜消費者の声を直接聞く場の創出と、その効果〜

 

 戦後の高度経済成長とともに、私たちの暮らしに浸透していったプラスチック製品。かつては百貨店に並ぶほどの高級品であり、売場面積も広かった。
 
 全国のプラスチック製品のメーカーで構成する日本プラスチック日用品工業組合では昭和51(1976)年から組合員が製品を紹介する展示会「全日本プラスチック日用品フェア(JPF)」の開催をスタートした。デパートやスーパーのバイヤーや問屋を対象としたB to Bの展示会である。
 
JPFは、昭和55(1980)年からは東京と大阪で交互に開かれ、会場は東京が晴海国際見本市会場、大阪はインテックス大阪に定着。平成9(1996)年からは東京のみでの開催となり、会場は東京ビッグサイトの東展示館2ホール分の規模にまで成長した。
 
JPFは30回、タイトルをリニューアルした「ジャパン・ハウスウェア・トレードショー(JHT)」は3回開催されたが、平成20(2008)年の展示会を最後に、ついに休止を余儀なくされた。その原因は、平成5(1993)年、出展122社、入場者数15,000人のピークを境に来場者数が減少し始めたことにある。バブル経済の崩壊後、プラスチック製品を扱う問屋が倒産し、国内の市場規模は縮小。追い打ちをかけたのは100円ショップの登場だった。
 
 だが、組合の存在意義は展示会の開催にあるとの想いから、組合の事務局では平成24(2012)年に、厚生労働省の補助金を得て、展示会を再開。特筆すべきは大胆なリニューアルが行われたことだ。バイヤー向けのB to B展示会を、主婦、OL、学生といった一般消費者向けのB to C展示会に方向転換したのである。タイトルも、素敵な逸品を意味する「VeryGoods」に一新された。私は企画・制作プロデューサーとして、VeryGoodsに参加させて頂いた。
 
 最大のメリットは消費者の声を直接聞けることだ。プラスチック日用品のメーカーは中小企業が多く、自社でマーケティング調査を行えるほどの余力はない。商品開発の方向性は実際に商品を納めるバイヤーから得るしかない実情があった。しかし、VeryGoodsの誕生によって、参加企業は普段接することのないエンドユーザーから直接意見を聞くことができるようになったのだ。
 
  参加する約35社は社内の商品開発担当者に接客をさせながら、来場者とのコミュニケーションを行う。その会話から、商品の価格や機能に関する評価、そして実際のニーズについて聞くことで、新商品開発のヒントを得ているのだ。
 
  より多くの声を得るために、会場は利便性の高い東京・有楽町の東京交通会館に設定。開催時間も初日はOLの会社終わりに合わせて16時から開催し、3日間の会期中、2日間は夜8時までとした。また、一般の来場者が商品を手に取りやすいレイアウトを模索し、2年目からはブースの小間割を一般的な3m×3mから、3.5m×1.5mへと変更した。イベント運営や会場設計においても、B to C展示会への転換が行われたのである。
 
 B to BからB to Cへ展示会の転換を果たした日本プラスチック日用品工業組合。そのチャレンジはB to C業界展示会による新しい商品マーケティングの機会を提示するとともに、商品やサービスが一堂に会する展示会には未知の可能性があることを教えてくれた。リアルの未来のためには、従来の常識とは異なる角度からニーズを捉える柔軟な発想が求められているのだ。
 
 

 研究Report_02

"売る"から"創る"へ
〜発想の転換が生んだ業界展示会の復活劇〜
Vol.01

VeryGoods 2015(日本プラスチック日用品工業組合)

  編著:にぎわい空間研究所編集委員会
 平成27(2015)年10月29日から31日までの3日間、東京・有楽町の東京交通会館で「VeryGoods 2015 毎日をちょっとハッピーにする、最新ライフグッズ展」が開催された。主催は日本プラスチック日用品工業組合。同組合の会員であるプラスチックの日用品のメーカー33社が出展し、キッチンや収納、浴室などで使われる生活用品の新製品を紹介しているのだが、これが実に面白い。ショッピングセンターの日用品売り場ではお目にかかれないようなアイデア商品が次から次へと現れるのだ。
 
 会場には主婦やOL、学生たちが数多く訪れている。まるで陶器市に来ているような感覚で、お気に入りの日用品を求め、じっくりと商品を吟味し、購入しているのだ。ブースに立つメーカーの担当者も自社製品のポイントを語り、「これいくらだったら買ってもらえますか?」など、来場者の意見も熱心に聞いている。会期中、人の流れが途切れることはなく、来場者は約3,000人に上った。
 
 生活用品メーカーの業界団体が開催する展示会は、流通業界のバイヤー向けに行われるのが一般的だ。メーカーにしてみれば、自分たちの商品を売ってくれるバイヤーに新製品を告知し、商談できれば充分であり、一般消費者に情報発信する必要性はない。だが、VeryGoodsは一般消費者向けの展示会であることに意味がある。
 
 B to BからB to Cへの発想の転換。そこにVeryGoodsの「にぎわいの秘密」があった。
 

 

VeryGoods 2015の会場にて。各社の担当者は積極的に来場者とコミュニケーションをする。


 
 

プラスチック日用品を象徴する華々しい展示会
そして始まった価値の暴落と大型展示会の終焉

 
 昭和48(1973)年に設立された日本プラスチック日用品工業組合は、プラスチックを原材料にキッチングッズをはじめとする生活用品を製造するメーカー87社による業界団体である。組合の設立当時、プラスチック製の日用品は、付加価値の高い商品としてデパートで売られていた。例えば、魔法瓶は3,370円(卓上用1.6リットル)。当時、東京の公立小学校教員の初任給が50,856円、そば1杯が150円の時代にである。プラスチック製の日用品が、経済発展を遂げていく日本の豊かさを象徴する時代があったのである。
 
 同組合では、昭和51(1976)年から組合員が製品を紹介する展示会「全日本プラスチック日用品フェア(JPF)」の開催をスタートした。デパートやスーパーのバイヤーや問屋を対象としたB to Bの展示会である。昭和55(1980)年からは東京と大阪で交互に開かれ、会場は東京が晴海国際見本市会場、大阪はインテックス大阪に定着。平成9(1996)年からは東京のみでの開催となり、会場は東京ビッグサイトの東展示館2ホール分の規模にまで成長した。
 
 だが、平成5(1993)年、出展122社、入場者数15,000人のピークを境に来場者数が減少し始めた。バブル経済の崩壊後、プラスチック製品を扱う問屋が倒産し始めた。消費もじわじわと冷え込んでいくとともに、国内の市場規模は縮小していったのである。追い打ちをかけたのは100円ショップの登場だ。業界大手のダイソーが第1号店を高松市に出店したのが平成3(1991)年4月。以来、競合ブランドも続々と現れながら、瞬く間に100円ショップが全国に広がった。
 
 多種多様な日用品を100円で買えるようになったことで、プラスチック製の日用品の価格は暴落した。デパートに置かれるような付加価値を失い、当然、展示会の来場者も激減し始めた。全国から数十人規模でバイヤーを送り込んでいた大手ショッピングセンターも、経費削減のため人数を絞り込んだ。組合では、名称を「ジャパン・ハウスウェア・トレードショー(JHT)」に変更するなどイメージ戦略にも取り組んだが、来場者減少には歯止めをかけられなかった。
 
 そして、リーマンショックによる経済不況に見舞われた後の平成21(2009)年、組合は展示会の休止を決定した。最後となった平成20(2008)年10月に開催された展示会は、東京ビッグサイトの西展示館の1ホールを関連する団体のイベントと分け合ってようやく開催できたという状況だった。
 
 
 

国の補助金を活用して展示会を復活
生き残りをかけたB to Cへの大転換

 
「いつかは展示会を復活させたいという思いがあったので、一時休止をしようという決断を下しました。組合では『景気がよくなったら再開しよう』と話していたのですが、一向に景気は回復しません。組合として組合員にできること、それはやはり組合メーカーが製造・販売する製品をアピールする展示会を開くことだと思い、ちょうど募集のあった厚生労働省の補助金に応募してみました」
 
 こう語るのは日本プラスチック日用品工業組合の専務理事、中村公貴氏である。中村氏が応募した補助金は厚生労働省の「中小企業最低賃金引上げ支援対策費補助金(業種別中小企業団体助成金)」である。組合員の中小企業が賃金を引き上げるには、商品の売り上げアップが必須であり、そのためにも展示会の開催が必要であるという主旨の申請をしたのである。
 
 このとき組合の幹部はある決断をする。新しい展示会では集客のターゲットを流通関係のバイヤーや問屋ではなく、主婦やOL、学生といった一般消費者に絞ることにしたのである。B to BからB to Cへのシフトである。
 
「組合メーカーは中小企業であり、消費者の声を聞く機会が無く、B to Bで展示会をやってきてうまくいかないのだから、同じことを繰り返してもしょうがない。B to Cの展示会にして、エンドユーザーに直接、自社製品の情報を発信し、マーケティング調査をすることにしました。その挑戦に同意してくれた会社が参加をしてくれればよいと思って決断しました。組合員も戦後に創業した先代から2代目へと代替わりしており、若い世代が路線変更に共感し、賛同してくれたのは大きかったですね」
 
 補助金が下りたのが平成24(2012)年5月。新しい展示会の開催は10月30日からの3日間。準備期間はわずか5カ月である。企画協力から会場設営までを手がけるのは㈱フジヤだ。同社は組合が昭和50年代に展示会を始めた当初から会場設営を任されてきた。組合事務局との信頼関係をベースに、プラスチック日用品について熟知したノウハウで短期間での展示会開催に挑んだ。
 
 まず、会場である。一般消費者向けだから東京ビッグサイトでは遠くて主婦は気軽に来られない。勤め帰りのOLも取り込んでいきたい。そこで、会場を大手町や丸の内のオフィス街からもアクセスがよく、買い物感覚で来られるJR山手線有楽町駅の目の前にある東京交通会館に会場を決めた。また、開場時間も3日間のうち最初の2日間は夜の8時まで開場し、仕事を終えたOLが立ち寄れるように配慮したのである。
 
 
 

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会場には若い女性の来場客も多い。
メーカーにとっては格好のマーケティングの場だ。