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研究レポート

「不動産テック協会」 (不動産×ITを軸とした不動産テック業界団体)

【インタビュー】
不動産のテック化は情報を透明化し、健全な競争を促すビジネス環境を育む

一般社団法人不動産テック協会代表理事 武井浩三氏

2019.08.27 facebook

編著:にぎわい空間研究所編集委員会
ITによる不動産業の効率化は
顧客の満足度高め、経営を安定化する
―まず、産業のテック化というと、ITによるイノベーションによって、既存の業界のあり方を破壊するイメージがあります。不動産テックについてはいかがでしょうか?
武井:そこが大きな誤解です。不動産テックは既存の不動産業を破壊するものでは決してありません。不動産テックは不動産業の縁の下の力持ちになりたいのです。そもそも、ITを活用して事業を興すには、既存のプレーヤーと組んで、データを活用しなければ何も生まれないのです。
 
一般社団法人不動産テック協会代表理事武井浩三氏
一般社団法人不動産テック協会代表理事武井浩三氏
平成19(2007)年9月、ダイヤモンドメディア㈱を創業、代表取締役に就任。不動産オーナーや不動産仲介業者、管理会社向けのITシステムの開発と提供を手がける。会社設立時より経営の透明性をシステム化することに取り組み、「管理しない」マネジメント手法を用いた日本初のホラクラシー企業として注目されている。平成29(2017)年1月、ホワイト企業大賞受賞。平成30(2018)年6月、一般社団法人不動産テック協会代表理事に就任。著書に『管理なしで会社を育てる』『社長も投票で決める会社をやってみた。』などがある。

―日本の不動産業をテック化する意義をどのようにお考えでしょうか?
武井:不動産業はアナログの部分が多く、テック化が進むことで業務の効率化が図れます。例えば、賃貸住宅で言えば、賃貸契約から家賃保証、入居者アプリ、そして不動産会社の基幹システムまでをデジタルデータでつなぐことができます。それによって業務の大部分を占めている紙による事務処理を大幅に削減できるのです。
 不動産業に携わる人々がすべきなのは、「テックではない部分」なのです。ITに任せる部分はITに任せ、顧客へのサービスに時間と労力を費やすことによって、不動産オーナーやエンドユーザーとの関係性を強めることができます。それは不動産会社の経営の安定にもつながると思います。ITは人と人の関係をつなぐことを補助する役割も果たしますから、地域のことを考えて開発を行うローカルな不動産会社がより活躍することにも役立っていくことでしょう。

―具体的にはテック化によって不動産業界に何が起きていくのでしょうか?
武井:不動産の異なる領域のデータを掛け合わせることで新しい価値が生まれます。情報の共有は、よりよいサービスをスピーディーに生み出していきます。情報が透明化し、業界全体で情報を融通していくことで、健全な競争が促され、各企業がより切磋琢磨していくビジネス環境が育まれていくはずです。
「情報の非対称性」によって
流通情報がブラックボックス化する
―では、不動産テックを推進するには、どのような道筋が必要なのでしょうか。
武井:一般的にテック化やIT化には3つのフェーズがあります。
フェーズ1:アナログ情報をデジタル化し、データベース化していく。
フェーズ2:構築されたデータベースを活用し、分析を行う。
フェーズ3:異なる領域のデータベースを掛け合わせて、新たな価値を生む。
 不動産のテック化は現在、フェーズ1です。まだ、各社がデータベース化に取り組んでいる段階です。

―海外での状況はいかがですか?
武井:米国ではMLS(Multiple Listing Service)という不動産のデータベースがあります。不動産会社は物件の情報を登録する義務があり、情報を開示しなければライセンスを抹消され、データベースを活用できないという厳密なルールが定められています。このデータの活用によって、米国において不動産テックは成長産業になっています。その投資額は年間5,000億円に上ると言われているのです。
 
MLSのトップ画面。州ごとに物件の検索ができるほか、抵当流れ物件、新築、集合住宅、海外物件などのカテゴリーからも検索が可能。
出典:http://www.mls.com

―データベース化が進まない日本特有の事情があるのでしょうか?
武井:不動産は市場取引ではなく、相対取引なので情報が不透明になりがちです。「情報の非対称性」(※1)が強い業界であり、流通の情報がブラックボックス化しているのです。例えば、不動産販売の募集価格は民間でもデータベース化が進んでいます。しかし、成約価格のデータベースはありません。情報公開とデータベース化にはやはり国の主導や国家レベルの取り組みが必要なのです。
 こういった不動産情報のデータベース化をはじめとする不動産のテック化については日本の省庁も必要性を感じています。しかし、窓口となる業界団体がこれまでなかったのが現状です。不動産テック協会の設立には、そういった背景があります。
※1「情報の非対称性」:市場で取引される商品やサービスに関して、ある経済主体が他の経済主体よりも情報を多く持っている状態。
  (デジタル大辞泉 https://kotobank.jp/word/情報の非対称性-178907
業界発展には国の窓口になる団体が
必要と感じ不動産テック協会を設立
―不動産テック協会の設立の経緯を教えてください。
武井:私は不動産会社向けにITによって業務のソリューションを提供する会社を経営しており、お話ししたような日本の不動産業界の課題を感じ続けてきました。平成29(2017)年秋、現在、協会で共同代表理事を務めている赤木正幸さんと出会いました。赤木さんは不動産金融の出身で、海外の不動産テックの事情にも詳しい方です。以前から、不動産テックのカオスマップを作成する取り組みをされてきました。
 赤木さんと出会い、やはり不動産テックを進めるには、国の窓口となる団体が必要だと意気投合し、協会の設立を決意しました。それから約1年間をかけて準備を進めていったのですが、不動産業の既存団体へ丁寧に説明を重ねることに注力してきました。冒頭にお話しをしたように、不動産テックは決して、既存の不動産業を破壊するものではありません。この業界が効率化を図り、健全に成長していくための「縁の下の力持ち」になりたいと理解を求めていきました。
 
不動産テック協会の設立記念イベントの様子。
不動産テック協会の設立記念イベントの様子。
出典:スマーブ「【レポート】不動産テック協会に40社以上が入会申込。一般社団法人設立記念イベント」(2018年12月3日配信)
https://www.sumave.com/20181203_7751/

―協会を設立するうえで、特に配慮されたことは何でしょうか?
武井:不動産業や不動産テックにまつわる幅広い分野の方々で協会のコアを形成していることです。理事には不動産業界、IT業界、法律といった領域で高い専門性を発揮している方々に参画していただきました。また、顧問にも不動産売買や賃借、情報サービス、システム開発の大手企業、住宅診断のNPO法人の領域の方々に加え、大学教授の方々も名を連ねています。
 現在、協会には5つの部会があり、それぞれが定期的に活動を行っています。すでに政府の検討会に参加している部会や国の制定する法律に提言を行う部会など精力的に活動をしています。
 
不動産テック協会の理事の面々。
不動産テック協会の理事の面々。不動産にまつわる各領域から高い専門性を持った人々が参画。
出典:スマーブ「【レポート】不動産テック協会に40社以上が入会申込。一般社団法人設立記念イベント」(2018年12月3日配信)
https://www.sumave.com/20181203_7751/

令和元年は「不動産テック元年」
面白い連携が次々と生まれていく
―協会設立の成果と今後の活動の方向性を教えてください。
武井:協会を設立したこと、そしてカオスマップを作成したことで、不動産テック企業同士による連携が始まっています。例えば、入居者アプリの「パレットクラウド」とスマートロックの「ライナフ」は共同事業で入居者アプリによって鍵が開くサービスを開発しています。今後はこういった連携がさらにしていくことでしょう。
 国の省庁ともさまざまな連携が始まっています。協会が国の事業に正式に参画するようになれば、その機会を通じて、不動産の大手企業も巻き込みながらデータベースの整備なども推進していける可能性があります。
 ただ、今は必要以上に会員を増やさず、じっくりと協会の活動を充実させていこうと考えています。協会に参画する企業同士が実際に会って議論し、不動産テック化に何が必要かを考え、一つひとつ実現していく。いわば、アナログなネットワークづくり、人間関係の構築が重要だと考えています。
 
一般社団法人不動産テック協会代表理事武井浩三氏
一般社団法人不動産テック協会代表理事武井浩三氏
 
―不動産テックによって、日本の不動産業は変わりますか?
武井:不動産のデータベースの整備によって新たなサービスが数多く生まれるはずです。想像できないぐらいの数のサービスが生まれる時が来ます。令和元年(2019年)は不動産テック元年です。面白い連携が次々と生まれていくことでしょう。
 
―ありがとうございました。(了)

業界全体の活性化に向けて挑戦する
不動産テック協会から学ぶ
 日本における不動産のテック化はまだ始まったばかりである。不動産テック業界の有志が中心となって、不動産テックという新興の産業にどのような領域とプレーヤーが存在するかを可視化するカオスマップの作成し、業界の存在感を示し、協会の設立へとこぎつけた。不動産テック業界は、省庁との連携を可能とする業界団体の設立によって、不動産情報のデータベース化へ向けたスタートラインに立ったのである。
 不動産の商習慣を変えて、情報を共有化する取り組みは容易ではないだろう。だが、武井氏が指摘するように、不動産テックによる情報の透明化によって、健全な自由競争が促され、不動産のビジネス環境そのものが活性化していくのであれば、潮流はテック化に向かっていくはずである。
 従来の商習慣に囚われず、テクノロジーによる変革によって、新たな価値を生み出す産業のテック化。にぎわい空間研究所では、今後も不動産テック協会の動向を追いながら、産業のテック化に必要な要件について研究を続けていく。次回は不動産テック協会のもう一人の代表理事である赤木正幸氏へのインタビューを紹介する(了)。
<Data>
名称:一般社団法人不動産テック協会 / 英名:Real Estate Tech Association for Japan(略称RET)

目的:不動産とテクノロジーの融合を促進し、不動産に係る事業並びに不動産業の健全な発展を図り、国民経済と国民生活の向上並びに公共の福祉の増進に寄与することを目的とし、その目的に資するため、次の事業を行う。

設立:平成30(2019)年6月

理事・監事:
代表理事 赤木 正幸(リマールエステート株式会社 代表取締役社長)
代表理事 武井 浩三(ダイヤモンドメディア株式会社 代表取締役)
理事   浅海 剛(株式会社コラビット 代表取締役社長)
               一村 明博(株式会社ZUU 取締役)
               落合 孝文(渥美坂井法律事務所 弁護士)
               金子 洋平(iYell株式会社 社長室長)
               滝沢 潔(株式会社ライナフ 代表取締役社長)
               豊田 慧(WeWork japan リージョナルディレクター)
               西浦 明子(軒先株式会社 代表取締役社長)
               巻口 成憲(リーウェイズ株式会社 代表取締役社長)
監事   渡邊 浩滋(税理士・司法書士 渡邊浩滋総合事務所 代表)

主な活動:情報化・IoT部会、流通部会、業界マップ部会、海外連携部会、不動産金融部会

会員数:82社(令和元(2019)年7月31日現在)


※上記のデータは令和元(2019)年7月31日現在

記事中の情報、数値、データは調査時点のものです。
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