「にぎわい空間研究所」は、リアル空間にしかできない新しいビジネス価値の在り方を研究します

研究レポート

「minikura」(クラウドストレージサービス)

既成概念との決別が切り拓いた “収納”の新たな機能と可能性 〜老舗倉庫会社が挑んだminikuraという収納革命〜

2018.06.08 facebook

編著:にぎわい空間研究所編集委員会
右肩上がりで成長を続ける
個人向け収納サービス市場
 人口が密集し、住宅コストが高い都市部では、「空間」はまぎれもない財産である。だが、できるだけモノを増やさないようにして、効率的な収納方法を心がけたとしても空間が足らないと嘆く人々は少なからずいるだろう。コレクターなどモノを収集する習慣のある人ならなおさらである。
 こういった個人の収納ニーズに応えるのがトランクルーム、レンタル収納、コンテナ収納といった「収納サービス」である。株式会社矢野経済研究所が平成28(2016)年に実施した調査によると平成27(2015)年度の収納サービスの市場規模は603億円で、対前年度比8.0%の伸びを示した。平成23(2011)年度の455億円からの5年間でも右肩上がりの成長を示している。
 
minikura」(クラウドストレージサービス)


収納サービス(レンタル収納・コンテナ収納・トランクルーム)の国内市場規模推移 (出典:株式会社矢野経済研究所「拡大する収納ビジネス市場の徹底調査 2016年版」(2016年8月発刊)プレスリリースより)
 収納サービスの利用料金は東京23区内であれば、最低でも1カ月あたり数千円(1畳あたり)は必要だ。月額の利用料なので、借りた空間が荷物で一杯でなくても、料金は同じである。荷物は自分で運ばないといけないし、必要な時の出し入れも自分でやるしかない。ダンボール箱に荷物を詰め込んでしまうと、よほど整理が上手な人でなければ、何がどこにあるか分からなくなってしまうこともあるだろう。
 もっと安価に利用できて、荷物を出し入れする手間がいらず、預けているモノがすぐに分かったら、どんなに便利だろうか。寺田倉庫が提供する個人向けのクラウド収納サービス「minikura(ミニクラ)」はまさにそのニーズに応えているのだ。
 
リアルな荷物をインターネット上の
クラウドストレージで管理する新発想
 利用はいたって簡単だ。インターネットを通じて会員登録すると専用のダンボール箱(有料)が送られてくれるので、荷物を詰めて発送するだけである(※)。送料は無料だ。保管料は「minikuraMONO」が1カ月250円で、「minikuraHAKO」が200円。どちらも安価な料金だが、50円の料金の違いは、箱を開けるか、開けないかにある。
※会員が用意した指定サイズ内の箱に詰めて送れる「minikuraダイレクト」(月額保管料250円)もある。
 
minikura」(クラウドストレージサービス)
minikuraの利用方法


 minikuraHAKOは送った箱をそのまま保管してくれるサービス。一方のminikuraMONOは、箱を開け、モノを取り出し、1箱につき最大30アイテムまで写真撮影をしてくれる。写真データはウェブのクラウドストレージにアップされ、ユーザーはminikuraウェブの「マイページ」で預けたものを閲覧できる。800円の送料を負担すれば、1アイテムごとに取り出して、指定の場所に送れる。つまり、minikuraMONOは箱に詰めて預けた荷物をアイテムごとに管理できるサービスなのである。
 インターネットでアクセスして、預けたモノをウェブ上で一つひとつ管理する。minikuraは、我々が日頃から慣れ親しんでいる「クラウドストレージ」をリアルなモノで実現してしまっているかのようだ。そのかつてない収納サービスは荷物を預けるという行為に新たな付加価値をもたらした。
 例えばminikuraと提携する「ヤフオク!」。写真で管理しているアイテムを、そのままヤフオク!に出品して、落札されれば倉庫から直接、落札者に発送できるのだ。写真撮影に加えて、梱包や発送の手間もいらないし、送料も自分がアイテムを取り出す時の料金(800円)と変わらない。さらには発送元の住所はminikuraの倉庫になるので、自宅の住所を落札者に知られることもないので安心だ。そして、落札者からすれば、落札したモノは倉庫に保管されているので確実にモノが存在し、届くという信頼感があるのだ。
 
minikura」(クラウドストレージサービス)
預けることでオークション出品のハードルを下げたminikura


 このようにminikuraは、他社との連携で新たなビジネスを次々と可能にしており、その広がりは年を追うごとに加速している。従来の常識では考えられない機能をもつ前代未聞の収納サービス、minikuraが平成24(2012)年9月に誕生した背景には、寺田倉庫という歴史ある倉庫会社が生まれ変わろうとする大英断があった。
 
ニッチな分野で成長を遂げた
倉庫企業が陥ったジレンマ
 寺田倉庫は昭和25(1950)年10月に東京都品川区の天王洲で創業した。当時の主な業務は政府調達米の保管だった。同社ではコメを適切に管理するために冷蔵倉庫を導入した。以来、寺田倉庫は、それぞれのモノを適切に保存管理するために設備投資を行い、特定のニーズに応え、顧客の信頼を勝ち得ることで同業他社との差別化を図ってきた。
 その後、物流の国際化や大型化に伴い、海外からのコンテナは品川や晴海の埠頭へと移っていき、物流拠点としての天王洲の役割は薄れていった。だが、寺田倉庫は付加価値の高いモノを預かるニッチな分野の倉庫業を開拓し生き残っていく。
 昭和50(1975)年に美術品を保管管理するサービスを開始。昭和58(1983)年には音楽映像メディアの保管管理にも領域を拡大。そして、倉庫業の新たな業態として個人向けの「トランクルーム」を事業化し、平成3(1991)年には関東運輸局から国内初の事業認定を得た。平成6(1994)年には徹底した温湿度管理によるワインセラー事業も開始した。
 
minikura」(クラウドストレージサービス)
創業期の寺田倉庫の倉庫群(写真提供:寺田倉庫)


 寺田倉庫はその後も成長を続け、創業60周年を迎えた平成22(2010)年には従業員が1,000人を超える大規模な企業になっていた。だが、この60周年の記念式典の席上で、同社のオーナーであり、当時会長を務めていた寺田保信氏はある懸念を示したのである。後にminikura事業の陣頭指揮を執る同社執行役員の月森正憲氏はその時の様子をこう振り返る。
「当時、弊社の事業の3本柱は、『物流』『不動産』『トランクルーム』でした。元々、ニッチな分野に市場を見出し、独創性で勝負していた会社だったのに、気づけば拡大路線を歩み、スケールで勝負するようになっていました。会長は『寺田倉庫は、このままでいいのか? 創意工夫でニッチでも新たに市場を創り、その中でオンリーワンになるのが寺田倉庫ではなかったのか?』と語っていました。会社の規模が大きくなると、施設をいくつか持ち、その施設を稼働させるためだけに業務を行い、時代の変化にも迅速に対応できなくなります。当時の寺田倉庫はまさにそういう状態でした」
 
トランクルーム利用者と倉庫会社の
「不幸な関係」を解消したい
 この直後、寺田倉庫は大改革に乗り出す。平成23(2011)年、長年にわたり寺田会長の相談相手を務めてきた中野善壽氏(現・代表取締役)が副社長に就任。国内外で会社経営に携わってきた中野氏は複数の物流拠点など主要部門を売却することで会社のスリム化を図り、それに伴って社員は100人ほどになった。一方で、社員の平均年齢は35歳〜37歳と若返っていた。中野氏の真の狙いは寺田倉庫を挑戦する企業へと生まれ変わらせることだった。改革の最中、中野氏は社員に向かってこう言った。
「自分はもうやりたいことはやり尽くした。これからは若い人を支援したい。寺田倉庫の社員には新しいことをやってほしい。だから、何にも挑戦したくない人は今すぐ辞めてください」
 
minikura」(クラウドストレージサービス)
東京都品川区の天王洲エリアにある寺田倉庫本社。(写真提供:寺田倉庫)


 寺田倉庫は変わる。当時、企画室長を務めていた月森氏は、そのミッションの具現化策を自分なりに考えた。その答えがminikuraというコンシューマー向け収納サービスだったのだ。これまで荷主の指示通りに倉庫・物流のサービスを提供してきた寺田倉庫が主役となって事業を作り、日本全国へ、そして世界へと打って出る。まさにそれは「挑戦」以外の何物でもなかった。
 前述の通り、寺田倉庫は平成3(1991)年に関東運輸局から国内で初めてトランクルームの事業認定を得ており、倉庫業における個人向け収納サービスではパイオニアである。一方でこの市場には不動産事業者が参入し、「レンタル収納」や「コンテナ収納」など類似のサービスを提供し始めていた。
 急成長する個人向けの収納サービス市場。だが、月森氏には個人向けのトランクルーム事業に関して長年抱えていたある思いがあった。
「物流としての倉庫業はB to Bですから相手は企業様です。どのタイミングで荷物を受け取って、どのタイミングで出すか? お客様の厳しい要望に応える醍醐味がありました。しかし、トランクルームは個人への場所貸しです。空間を借りた方は何を預けたかを忘れ、利用料だけが毎月銀行口座から引き落とされていく。貸す側と借りる側の間に『不幸な関係』が生じているのです。そんな関係を払拭する次世代のトランクルームが必要だと感じていました」
 
「個人からは預った箱は触らない、開けない」
倉庫業のタブーを破ったminikura
 月森氏が発想したのは預けた荷物の「見える化」だった。預かった箱を開けて内容物を1品1品撮影し、データをクラウドストレージにアップし、利用者がウェブサイトで閲覧、管理できるようにする。倉庫会社が個人客の箱の中身の管理まで引き受けるという大胆な発想だった。
 月森氏は「寺田倉庫はこれまでも他社が預かりたがらないモノを最上な環境で保管する設備投資を行ってきました。minikuraにも、寺田が培ってきた最上の環境でモノを保管する考え方がベースにあります。その考え方を個人のお客様に最適化しながら、web化やIT化していったのがminikuraなのです。そして、アイテムの管理まで踏み込めば、単なる預かりサービスを超えたコミュニケーションが生まれるという予感はありました」と説明する。
 
minikura」(クラウドストレージサービス)
minikura事業の立ち上げから陣頭指揮を執る月森正憲氏


 だが、この企画には社内で猛反発が起きた。企業のモノを預かる場合にはない個人特有のリスクが存在するからだ。それが、「個人から預かった箱は触らない、開けない」という倉庫業のタブーである。企業から預かる「製品」などであれば万が一破損しても、価値が定まっているので弁償できる。だが、個人の所有物には値付けのできない「想い」があるので、お金を払えば弁償できるというわけではないのだ。もちろん他人には箱の中身を見られたくないという利用者も数多くいる。それだけに、個人の荷物を開梱して一品単位で管理するminikura構想は、倉庫業のタブーに挑戦する “禁断のプロジェクト”だったのだ。
 社内でも賛否両論の意見がある中、生まれ変わる寺田倉庫の旗印となる画期的な新規事業としてminikuraを後押ししたのは社長の中野氏だった。
「中野(社長)は役員会で『寺田倉庫は変わらなくちゃいけない』と熱弁し、minikuraを後押ししてくれました。そして、『この事業をやるのは月森だ』と宣言されたのです。当時私は企画室長だったので、企画提案だけで終わるという気持ちもどこかありました。でも、この中野のひとことで覚悟を決めました」(月森氏)
 こうして覚悟を決めた月森氏のもと、前代未聞の個人向け倉庫サービスminikuraの事業開発が始まった。
 
コストを積み上げるのではなく、
顧客にとって最適な料金を設定する
 minikuraという新サービスはモノを預けるという点では倉庫事業であるが、それ以上にIT技術によるウェブサービスの側面が大きかった。
 サイトでの会員登録をしてもらい、箱を発送し、送られてきた箱からモノを1点1点取り出して撮影し、バーコードを付与して、箱を倉庫に収納する。荷物の写真データと付随する情報はサーバーで管理し、ユーザーがインターネットで自分のアイテムを閲覧し、必要に応じて出し入れの指示を出せるようにする。
 このサービスを実現するためには、従来のスペースを管理する倉庫業の概念から脱却し、管理システムを一から構築しなければならなかった。
 
minikura」(クラウドストレージサービス)
minikuraを保管する倉庫内の様子(写真提供:寺田倉庫)


「中野(社長)からは半年でサービスを開始するように指示されましたが、まずはシステム構築のパートナー会社探しから始めなければならなかったので、実際には1年間かかりました。この仕事を通じて、何を起点として、どういう情報をサーバーに蓄積するかを考えながら、『フローを書く』という習慣がつきました」(月森氏)
 個人が預けた荷物の箱を開けるかどうか、という前述の議論については、箱を開けて30アイテムまで撮影する「minikura MONO」(月額保管料250円)と箱を開けない「minikura HAKO」(同200円)という2つのサービスを用意し、利用者が選べることで対応した。
 250円と200円の料金に関しては、ユーザー目線に立ち極力利用しやすい設定にした。十分に安価な設定だと思えるが、月森氏によれば社長の中野氏は当初、「1箱50円でやろう!」と言っていたという。
「さすがに利益が出ないので現在の料金にしました」と苦笑する月森氏は、中野氏から「コストを積み上げて料金を設定してはいけない。きっと最適な料金があるはず。そこをターゲットに事業を積み上げるのが肝要」と助言されたと語る。
 しかし、箱の中身までクラウド管理できるminikuraMONOの月額250円という利用料金は、デジタルデータを預かるオンラインストレージサービスと同水準だ。場所と手間暇を必要とするアナログの世界で、これだけの低料金がなぜ実現できたのだろうか?
「顧客目線で価格を設定してハードルを下げ、ウェブサイトの構築で爆発的にユーザーの母数が増えれば、一気に市場を獲得できる。中野はそう読んでいたのだと思います」
 撮影も当初は苦労した。箱を開けるまでは何が入っているか分からない。様々な形状のアイテムに対応して、きれいな写真を撮影するために、専門家の指導を仰ぎ、設備と仕組みを整え、倉庫スタッフで対応できる体制を整えていった。
 
minikura」(クラウドストレージサービス)
minikuraのアイテム撮影風景。倉庫スタッフが撮影を行う(写真提供:寺田倉庫)


コアな層を抱えるブランドとの
提携が生んだユーザーの拡大
 minikuraのサービス開始は平成24(2012)年9月である。初年度の預かりアイテム数は約100万個に上ったが、手応えは期待したほどではなかった。ウェブ広告を中心にプロモーションを展開していくが、なかなか成果が表れなかった。
 転機となったのは、平成25(2013)年9月のオークションサイト大手の「ヤフオク!」との連携である。この連携で簡単にオークションに出品できるという「荷物を預ける動機」が生まれ、倉庫に実物があるから落札しても安心という「預けられている荷物の付加価値」が生まれたのだ。
 ヤフオク!というブランド、情報発信力の威力を知った寺田倉庫は、ユーザー拡大を加速するために国内有数のサブカルチャーイベント「コミックマーケット」へと出向き、minikuraのサービスを紹介した。フィギュアや同人誌といったコレクションをminikuraに預けるニーズがあると考えたのだ。寺田倉庫は一般的な知名度が低いため来場者の反応は薄いが、きちんと説明すると便利なサービスであると理解してくれる手応えを得た。
 そこで、考えたのはモノを預ける必要性を感じているコアなユーザーを顧客として抱えるブランドとの提携である。minikuraのシステムを提供し、そのブランドがサービスの一環としてminikuraをユーザーに提供する。minikuraを浸透させるにはその方が早いと考えたのである。
「minikuraはパートナー戦略で広げていくことを決めました。思いを共感できるパートナーを作っていくのです。当時、社長の中野は『アメーバーのように広げていけ』と表現していました」(月森氏)
 最初の提携はアニメショップ「アニメイト」による「アニメイトコレクション」。その後、バンダイコレクター事業部による「魂ガレージ」が続く。どちらも熱心なコレクターを抱える分野であり、両社にしてみれば、利用者がフィギアなどのコレクションをminikuraに預けてくれれば、新たな商品が売れるという見込みがあったのだ。まさにwin-winの提携が実現し、minikuraユーザーは順調に拡大していった。
minikuraのシステムを提供し
スタートアップ企業が次々と事業を実現
 寺田倉庫ではminikuraの提携を、ベンチャー企業へのインキュベーション(起業や新規事業の創出支援)にも活用している。
 例えば、「airCloset(エアークローゼット)」だ。月額6,800円から9,800円の定額でスタイリストがコーディネートした洋服を送ってくれるレンタルサービスである。気に入った洋服は購入もできる。平成27(2015)年2月のサービス開始から平成29(2017)年12月までのおよそ3年間で約15万人まで会員を拡大しているが、このサービスが実現した背景には寺田倉庫の存在があった。
 airClosetでは、洋服をストックし、ユーザーに発送して、返却したものをクリーニングし、ふたたび発送する。そのプロセスには洋服を保管する倉庫と物流のシステムが欠かせない。だが、社歴が浅いスタートアップ企業は、アイデアが優れていたとしても、それを具現化するために物流会社と新規に取引をするのは決して容易なことではない。
 そんな状況の中、寺田倉庫がすでに確立していたminikuraのシステムを提供したことで、airClosetというかつてないサービスが実現できたのだ。
 
minikura」(クラウドストレージサービス)
minikura」(クラウドストレージサービス)
airClosetのサービスサイト。9,800円のレギュラープランなら何度でも借りることができる。
(写真提供:airCloset)


 この他にも、ソーシャルショッピングサイト「BUYMA」での返品サービス、スマートフォンアプリで預けたものを写真管理できる「Summary Pocket」、中古マンションのリノベーションにクローゼット機能を導入した「リノべる」など、数々のサービスにminikuraのシステムを提供している。
 平成29(2017)年末現在で、minikuraの提携企業は約30社に上る。提携依頼を持ちかけている企業は20社以上。平成30(2018)年度夏からは、他社サービスとの連携を加速するために、寺田倉庫ではminikuraシステムのAPIを公開する。
 APIとはApplication Programming Interfaceの略で、プログラムの一部を公開してプラットフォーム側の汎用性の高い機能を外部からでも手軽に利用できるようにすることだ。APIの公開によって、あらゆる業種業態の企業がminikuraのサービスをスピーディに自社のサービスに組み込めるようになる。
 
minikura」(クラウドストレージサービス)
APIの開放によってminikuraシステムと事業パートナーのサービスがシームレスで連携


 言い換えれば、すべての会社が顧客に対して荷物のクラウド収納サービスや物流サービスを提供するインフラが整えられるのだ。minikuraは個人向けの収納、物流サービスの「デジタルプラットフォーマー」の座を確実なものにしようとしているのだ。新しい仕組みの構築が、新しい事業価値を創出し、新しい市場を生み出したのだ。
 そして、異業種との連携、起業の支援、そしてAPI公開によるminikuraシステムの提供は、クラウド収納サービスに秘められていた一定規模の市場「スモールマス」を顕在化するための道筋を描いた。スモールマスとは、「一定の消費量のある商品が集まれば単一商品を大量に売るマス市場と同じとみなす考え方」(※1)である。
 前述の通り、minikuraは保管アイテムの可視化と低料金で個人の収納ニーズに応えるサービスを構築した。そして、高い汎用性の実現と異業種との積極的な提携によって、嗜好の異なるエンドユーザーに到達することができた。そのアメーバー的な広がりが、劇的な利用増加を引き起こし、スモールマスを顕在化させたのである。今後、APIの開放によって膨大な数の企業が自社サービスとしてminikuraの機能を顧客に提供した時、さらなる市場拡大が見込まれるのだ。
 平成24(2012)年約100万個だったminikuraの取り扱いアイテム数は、平成25(2013)年度約300万個、平成26(2014)年度600万個、平成27(2015)年約1,000万個、そして本稿の執筆時(平成30(2018)年5月)には約1,800万個まで増加していった。
 
minikura」(クラウドストレージサービス)
minikuraの預かりアイテム数の推移。他社との連携がスタートして2013年以降、minikuraは急速に拡大を続けている


 ちなみに、サービス開始当初、「minikuraMONO」は全体の2割に過ぎなかったが、現在では6割を占めているという。それだけ、minikuraの事業はサービスを開始してから進化を続け、預けた荷物の中身を一品一品管理してもらうという新しい需要を掘り起こしてきたのである。
 
「クラウド収納サービス」から「収納」を
取ることで広がるアイテム活用の可能性
 寺田倉庫ではminikura事業を進化させるために、社内でも数多くの企画に取り組んできた。恋人との思い出の品を預かり、ラブレターの朗読などのオプションサービスを提供する「minikuLOVE(ミニクラブ)」。レンタル倉庫にSNS機能を付加し、仲間とのコミュニケーションと物品共有ができる「クラウド部室」。さらには、1本あたり月額90円でワインを預かり、オンラインでワインの管理や出庫ができる「TERRADA WINE STORAGE」もminikuraの基盤があったから実現したサービスと言えるだろう。
 
minikura」(クラウドストレージサービス)
TERRADA WINE STORAGE。14:00までに依頼をすれば、当日の17:00~19:00に指定場所へ配送が可能。 該当するエリアは、東京都の千代田区、中央区、江東区、渋谷区、港区、世田谷区、目黒区、品川区、および横浜市中区。(写真提供:寺田倉庫)


 今後、寺田倉庫はminikuraをどのように進化させていくのだろうか?
「(保管するアイテム数の目標など)数値的な計画をしないように、中野(社長)から言われています。計画に行動が引っ張られてしまうからです。まずは、日進月歩のウェブで、新しい技術をどんどん取り入れていきます。一方で弊社はパートナー会社とともにリアルな荷物の取り扱いをしています。労働人口の減少は極めて切実な問題。現在は預かる荷物の管理を人間が行っていますが、人に代わる仕組みをロボットでできないか、なども検討を進めています」(月森氏)
 個人から預かったモノを箱から取り出して、1点1点管理することを可能した寺田倉庫のminikura。同社は倉庫業界のタブーに挑んだことによって、倉庫という「ブラックボックス」に隠されていた潜在ニーズを顕在化させた。預けるという行為を通じて、モノを保管するだけでなく、コミュニケーションが生まれる。すでにいくつもの新規事業が生まれたことが証明しているように、想像もできないような新たなサービスが今後もminikuraから生まれてくる可能性は十分にあるのだ。
「minikuraは『クラウド収納サービス』と銘打っていますが、いつかこの『収納』を外して、『クラウドサービス』と謳っても理解されるようにしていきたいと考えています。『収納』は単に預けるだけですが、お預かりしたアイテムをより活用できるかたちにしていきたいですね」(月森氏)
 “リアル”が生き残るためには、リアル独自の価値を再発見することは当然だが、同時に猛スピードで進化し続けるオンラインサービスなどの“バーチャル”との連携も欠かせない。そこにはリアルとバーチャルとの融合でしか成し得ない“リバーチャルビジネスモデル”というソリューションが生まれるからだ。その実現はたやすいことではないが、不可能ではない。寺田倉庫は、IT化とは縁遠い場所にあるように見える倉庫業界にありながら、それが可能であることを証明してみせた。
 ベンチャー企業のごとく果敢な挑戦を仕掛けながら、倉庫業の「パンドラの箱」を開けた寺田倉庫。その前には限りないブルーオーシャンが広がっているのである。(了)
<Data>
名称:minikura(ミニクラ)
業種:クラウドストレージサービス(個人向け倉庫サービス)
サービス開始:平成24(2012)年9月
取り扱いアイテム数:約1,800万個
ウェブサイト:https://minikura.com/

事業主体:寺田倉庫
本社所在地:〒140-0002 東京都品川区東品川2-6-10
会社設立:昭和25(1950)年10月
従業員数:約200人
代表者:代表取締役 中野善壽
事業内容:保存保管業、保存保管関連事業
ウェブサイト:https://www.terrada.co.jp
※データは平成30(2018)年3月末現在

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