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「男鹿ナマハゲロックフェスティバル」 (音楽イベント)
総 説
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「男鹿ナマハゲロックフェスティバル」 (音楽イベント)

ゼロから生まれた奇跡の夏フェス
〜優れたコンテンツ力と地域との共創による市場創造〜

2016.11.21facebook

 今回、研究の題材として取り上げる「OGA NAMAHAGE ROCK FESTIVAL(男鹿ナマハゲロックフェスティバル、以下、男鹿フェス)」は、ノウハウのない素人集団が、ロックリスナーの市場がごく限られた秋田県男鹿市という過疎地で、十分な資金もない状況でロックフェスを開催し、1万人以上を動員しながら継続し続けているという驚くべき事例だ。なぜ、「ノウハウゼロ」「資金難」「脆弱市場」という三重苦のもとで、市内ターゲット人口の実に2倍を超える集客に成功したのか? その秘訣を明らかにしたい。
 まず、ロックフェスを取り巻く状況を見ていこう。日本の音楽業界ではライブコンサート市場が右肩上がりで拡大している。平成22(2010)年に1,280億円だったコンサート市場は急伸し始め、平成25(2013)年には2,318億円、そして平成27(2015)年には3,186億円に達している(図表1)。音楽ソフトの生産金額が平成10(1998)年の6,074億円をピークに減少を始め、現在約3,000億円の市場で横ばい状態が続いているのとは非常に対照的だ(図表2)。
ゼロから生まれた奇跡の夏フェス〜優れたコンテンツ力と地域との共創による市場創造〜
図表1:コンサート市場の推移
出典:一般社団法人コンサートプロモーターズ協会発表の統計より作成
ゼロから生まれた奇跡の夏フェス〜優れたコンテンツ力と地域との共創による市場創造〜
図表2:音楽ソフトの生産高と音楽配信売上高の推移
出典:一般社団法人日本レコード協会発表の統計資料より作成
 ソフト市場が低迷している背景にはインターネットと無料動画配信サービスの普及によって、無料で音楽が聴ける環境の一般化があった。だが、その一方で、ライブ市場は爆発的な急成長を遂げている。
 その要因は、メールやSNSなどデジタルツールによるコミュニケーションの普及が加速するなかで、人々は本能的にリアルな場での体験を欲しているからである。リアルな場で行われる質の高いエンターテイメントに人々は心を震わせる。まさに、それがライブコンサートなのだ。
 この急伸する音楽ライブ市場の要因のひとつが「音楽フェスティバル」の浸透である。音楽フェスは複数のアーティストが出演するので観客からすればお得感があり、アーティスト同士の競演などソロのライブでは味わえない醍醐味もある。それゆえ、コンセプトやラインナップが優れたフェスは動員力にも優れる。とりわけ、夏の音楽フェスの増加が顕著だ。平成27(2015)年度は7月・8月の2カ月間で91件の夏フェスが開催され、延べ開催日数は169日に上った(※1)。平均すると1日あたり2.7件の夏フェスが開催されているのだ。
 全国各地で開催されている音楽フェスには大きく3種類ある。まず、アーティスト主催のフェス。カリスマ性の高いアーティストが交流のあるアーティストに出演を呼びかけるものだ。2つ目はプロモーター主催のフェス。日頃、アーティストたちのライブを企画している興行会社が企画を立て、コンセプトに合ったアーティストに出演を要請、フェスを実施していくものである。
 そして3つ目が実行委員会による主催だ。主に地域振興などを目的として、地域の行政、有志の団体や個人よって委員会を組織し、フェスを実施する。主催者は音楽興行においては、言わば素人集団であり、集客力のあるアーティストを揃えるのは容易ではなく、また動員にも苦労するケースが多い。
 夏フェスはもちろん、年間を通じて音楽フェスが乱立し、数多くのイベントが同じ日に重なっている今、実行委員会主催のフェスをめぐる環境は必ずしも芳しくない。今回取り上げる男鹿フェスもまた、実行委員会主催による音楽フェスである。その名の通り、秋田県男鹿市で開催されているロックフェスティバルだ。
 男鹿フェスのスタートは平成19(2007)年11月。男鹿市民文化会館の小ホールでわずか400人の規模から始まり、4年目のイベントでは850人にまで動員を伸ばした。平成22(2010)年からは屋外に会場を移し、千人規模のイベントを実現。平成26(2014)年には2日間開催となり、屋外での7回目の開催となる平成28(2016)年は、2日間で延べ来場者数が約1万2,000人に達した(※2)。
 約1万2,000人と言えば武道館をほぼ満杯にする規模の動員である。ロックを聴く中心世代は20歳代から30歳代。平成22(2010)年の国勢調査によると、男鹿市におけるこの年代の人口は5,529人(※3)。地元のロックマーケット人口の2倍にも及ぶ人々を集客しているのだ。
 男鹿市はかつて、木材の出荷、石油の精錬、観光業などで栄えてきた歴史がある。だが、近年は人口減少と産業の衰退が著しい。平成7(1995)年に4万1,416人だった人口(※4)は平成28(2016)年9月30日現在で2万9,217人まで減少した(※5)。労働人口(15歳〜65歳で働ける人々の人口)も平成7年からの15年間で約2割減少し、平成22(2010)年には1万5,818人にまで落ち込んでいる(※6)。
 男鹿フェスの実行委員会は、こういった過疎の街を活性化することを目的として、ロックフェスを実現し、さらには動員と開催規模を拡大し続けているのである。男鹿フェスはなぜ拡大しているのだろうか? 現地で調査をした結果、下記の要因があることが判明した。
ロックフェスとしてのコンテンツ力(商品力)
◎ アーティストファースト(アーティスト第一主義)によるラインナップの強化
◎ ロックフェスとしての個性を貫くことによるフェスとしてのブランド向上
◎ アクセスや会場環境の向上による、来場者の参加障壁の除去
ロックフェスを共に創り上げる力(共創力)
◎ 行政、産業、ボランティアなど地域の人々の巻き込み
◎ SNS活用による情報の拡散
◎ 毎年継続によるフェスとしての認知度アップ
 
 10年間に及ぶ男鹿フェスの取り組みは、地元へ様々なかたちでの波及効果を与えている。それらを検証すると大きく3つのカテゴリーに分類できる。
数量的に計測できる経済波及効果
・フェスに出店する飲食店の売上アップ
・宿泊施設の宿泊稼働率アップ
・温浴施設や水族館などの観光施設の集客増加
新たな市場の開拓
・フェス運営参加者同士の新規ビジネスの発生
・フェスをきっかけとした新規事業の発生
・秋田県周辺でのロックライブマーケットの創出
地域ブランドの向上
・男鹿市の認知度アップ
・地域への誇りと愛着の醸成
 
 こういった大きな成果を生み出している男鹿フェスだが、その道のりは決して平坦なものでなく、赤字が続いた時期もあった。しかし、確実に言えるのは、男鹿フェスは平成19(2007)年からの10年間にわたる取り組みによって、秋田県と隣県におけるロックリスナーの市場を創出してきたのである。
 人口減少による地域の音楽マーケットの激減というハンデを抱えながらも、イベントを続け地元の若者たちに質の高いロックのライブを届け続けてきた男鹿ナマハゲロックフェスティバル。ノウハウと資金、そしてロックの市場がほとんどないという三重苦の状況にあったとしても、アーティストファーストの姿勢で集客力の高いアーティストを揃えながらフェスとしての商品力を磨き続け、地域の人々や観客とともに引き起こした「共創」の力を総結集すれば、新たな市場を創造できることを男鹿フェスは証明しているのだ。
出典:
※1 『月刊レジャー産業資料』(2015年10月号、綜合ユニコム)「特集 集客イベントランキング2015」より
※2 男鹿ナマハゲロックフェスティバル実行委員会発表より
※3 男鹿市ホームページ 市勢統計要覧 人口/世帯 より算出
  http://www.city.oga.akita.jp/index.cfm/12,10259,c,html/10259/20151216-084000.pdf
※4 男鹿市提供資料より
※5 男鹿市提供資料および男鹿市ホームページ 「人の動き」より
  http://www.city.oga.akita.jp/index.cfm/1.html
※6 男鹿市提供資料より
 

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