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「全国やきとり連絡協議会」(ご当地やきとり振興団体)
総 説
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「全国やきとり連絡協議会」(ご当地やきとり振興団体)

やきとり文化の社会的地位を高める
〜地域間の連携と情報発信の力〜

2017.03.15facebook

やきとり文化の社会的地位を高める 〜地域間の連携と情報発信の力〜
 
 食文化をブランディングする。それは壮大な事業であり、常識的には大企業や業界団体、自治体など、潤沢な予算があり、社会的な活動による恩恵を受けられる大規模組織が実施するものだ。だが、わずか5人の飲食店の店主が始めた、B級グルメの代表格である「やきとり」を文化の域にまで高める偉業に挑戦した事例がある。「全国やきとり連絡協議会」だ。本稿では、同団体の活動の検証を通じて、地域間連携と情報発信を基軸に据えた「文化ブランディング戦略」の可能性について考えていきたい。
 やきとりは鶏肉を串に刺して焼いたものを指すものと思いがちだが、日本各地には地域固有の風土や歴史から生まれた「ご当地やきとり」がある。ご当地やきとり文化研究の第一人者であるフードジャーナリスト、はんつ遠藤氏は、著書『全国個性派やきとり100店』で全国30カ所にも及ぶやきとりのご当地を紹介している。このうち、「7大やきとりタウン」と呼ばれる地域とやきとりの特徴は次の通りだ。
・ 美唄(北海道) :鶏の内臓すべてと玉ネギを1本の串に刺す。塩コショウ。
・ 室蘭(北海道) :豚ロース肉と玉ネギを串に刺す。洋がらし。
・ 福島(福島県) :地元産の「伊達鶏」を使った王道のやきとり。塩・タレ。
・ 東松山(埼玉県):豚肉を使用。歯ごたえのあるカシラが特徴。辛子味噌。
・ 今治(愛媛県) :鉄板で鶏皮をコテで押しながら焼き上げる。串に刺さない。
・ 長門(山口県) :牛肉、豚肉、鶏肉が混在。ガーリックパウダーを使用。
・ 久留米(福岡県):牛肉、馬肉、豚肉、鶏肉が混在。キャベツとともに食す。
 このように、やきとりには非常に豊かな地域性と奥深い多様性がある。また、やきとりは寿司や天ぷらとともに和食の代表格に位置づけられてきた。だが、あまりにも庶民的な料理だったので、事業者の全国組織は結成されず、結果として食ジャンルとしての文化的地位やブランドが確立されてこなかったのだ。
 この現状を憂いた各地のご当地やきとり店の個人店主たちが結成したのが、「全国やきとり連絡協議会」(以下、全や連)である。その目的は、①豊かなやきとり文化のPRとイメージアップ、②既存イメージからの転換、③日本を代表する和食として世界にプロモーションし、子どもたちが憧れる職業にする、というものだ。
 各地の個店が連携して、やきとり文化そのものの価値を高める。この無謀とも言える挑戦は、開始からわずかな期間で大きな成果を挙げていく。それは、なぜか? 全や連がとった「文化ブランディング戦略」は次の3つであった。
①全国規模の連携団体の結成
 平成18(2006)年1月、北海道から九州に至る5カ所のご当地やきとりの店主が連携する全国規模の団体「全国やきとり連絡協議会」を設立。従来のご当地ごとの活動だけでなく、全国規模のムーブメントにすることで、地域で関わる人々のモチベーションが向上するとともに、メディアの注目度を高めた。今では7大やきとりタウンに拡大し、地域団体も巻き込んでいる。
②PR普及イベントの開催
 全や連では参加する7大やきとりタウンを含む全国各地のやきとり店が参加する「やきとリンピック」を開催。毎年、全国の会場を巡回しながら数万人規模のやきとりイベントを実施することで、ご当地やきとりの存在、やきとり文化の隆盛を社会に広く伝えている。また、同業者の交流によって店主たちは研鑽を積んでいる。
③東京での発信拠点の開設
  平成25(2013)年3月に7大ご当地やきとりが食べ比べできる旗艦店舗「全や連総本店 東京」(以下、総本店)が東京・大手町に開業。首都圏、とりわけ東京から全国ネットのメディアに向けてやきとり文化を情報発信する体制を整えた。


 
 また、やきとり文化の発信拠点を担う総本店の戦略的特徴は下記の3つである。
Ⅰ) テイスティングパークの提案:
 全や連は7種類のご当地やきとりを食べ比べできる「テイスティングパーク」という新しい業態を開発した。調理はセントラルキッチンに集約したことで、店内どの席からでもすべてのご当地のやきとりを注文できる。
Ⅱ) 既存イメージからの脱却:
 店舗は2層吹き抜けで壁面はガラスばりの開放的な空間。内装はやきとりの串や炎を象徴的にデザインした大胆なもの。やきとり店の「赤提灯」「縄のれん」といった既存イメージからの脱却を図り、女性にも支持される斬新な空間に仕上げた。
Ⅲ) 全国への継続的な情報発信:
 開業時からやきとり文化研究の第一人者であるはんつ遠藤氏を名誉館長に迎え、やきとり文化の研究と情報発信を強化。また、「クールやきとり」「ケーキやきとり」などやきとり文化の新たな可能性の開発に挑戦するとともに、やきとりに関する話題を継続的に作り、メディアへの情報発信を続けている。


 
 平成25(2013)年3月から28(2016)年10月までの3年7カ月の間に総本店が全国ネットのテレビで紹介された回数は48回に上った。立地する大手町エリアで第2位の飲食店の紹介回数がわずか5回という数字からも総本店の情報発信力の突出した実力が理解できる。総本店の情報発信は、入居する東京サンケイビルやビルが立地する大手町に加え、それぞれのご当地、強いては日本のやきとり文化全体のブランディングに貢献しているのだ。
 各地の店主一人ひとりの影響力はその地域に限定したものだ。だが、全や連は、「やきとりは文化である」との志のもとに、店主たちが本気になって連携組織を結成し、全国各地でのPRイベントを開催するとともに、東京から全国に向けて継続的な情報発信を続けてきた。その大胆かつ地道な活動の結果、わずか10年で、全や連と総本店がやきとり文化の中核的な存在を担うまでの “やきとりブランディング”を成し遂げてしまった。
 一握りの事業者たちの挑戦であっても、高い志と的確な戦略があれば、文化の創造までもが可能であることを全や連の活動は証明しているのだ。
 

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