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「第31回オリンピック競技大会2016  リオデジャネイロ」<br />
(スポーツイベント)【前編】
総 説
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「第31回オリンピック競技大会2016 リオデジャネイロ」
(スポーツイベント)【前編】

仮設オリンピック・リオ五輪から学ぶ
ライブビューイングで客席を補うプランの導入を

2016.09.30facebook

 平成28(2016)年8月5日から21日まで、「第31回オリンピック競技大会 2016/リオデジャネイロ(以下、リオ五輪)」が開催された。リオ五輪は、南米大陸で開催される初めてのオリンピックである。ブラジルという新興国がどのようなオリンピックを開催するのかを直接確かめ、その知見を2020年の東京五輪に生かすために、私は8月9日から13日にかけてリオデジャネイロ市を訪れた。
 いくつかの競技場を視察し、まず驚いたのは仮設の競技施設や通行設備の多さである。工事現場と見まがうような骨組みを露にしたスタジアムなどが数多くあった。リオ五輪は当初、6,400億円まで開催費用が膨らんだが、最終的には4,100億円まで削減することに成功した(※1)。その要因の一つが、オリンピック以外に使われる見込みのない施設に関してはすべて仮設で対応するという方針だったのである。
 リオ五輪閉会式に合わせて現地に入った小池百合子東京都知事は「アスリートファーストの目線で、この(大会)期間に十分耐えうるものであれば、ありかなと思う」と語った(※2)。計画当初は予算7,350億円で「コンパクト五輪」を謳っていた2020年東京五輪の予算は3兆円を超えるまで膨らんだ(※3)。リオ五輪の仮設を多用する方法論は予算を圧縮するうえで有効であるという世論が日本国内で盛り上がっているのも当然のことである。
 では、東京で「仮設五輪」を実現するのは可能なのか? 日本は地震国であり、夏期には大型の台風も襲来する。地震の少ない南米大陸東側に位置するブラジルとは、地震の可能性がまったく異なり、現行の建築基準法ではリオ五輪と同じ構造の仮設施設での対応は不可能だ。また、仮設施設の建造に必要な部材や座席などをいかに調達するか、そして五輪終了後にどのように活用するかという点でも、日本での実現には課題がある仮設のみに頼る方針には疑問が残るのだ。
 リオ五輪の視察を終えた2020年東京五輪・パラリンピック組織委員会は、東京大会に必要な70万席のうち15万席は仮設で対応する考えを表明している(※4)。地震国という厳しい環境のなか、この15万席すべてを仮設の施設にするしか方法はないのだろうか? 私は、観覧環境を補う一つの手段として、日本が得意とし、すでにインフラが整っている「ライブビューイング」を活用することを提案したい。
 ライブビューイングはコンサートや演劇、スポーツなどの公演を会場から全国各地のシネマコンプレックスやライブハウスへと中継・配信し、有料上映を行うビジネスである。生活圏に身近な会場で、大人数のファンと好きなライブをリアルタイムで楽しめることから近年、急速に市場を拡大している。業界最大手の配給会社、(株)ライブ・ビューイング・ジャパンでは、2015年に153案件の上映を行い、上映劇場数はのべ6,763 館(のべ7,450スクリーン)にも上った(※5)。
 最近ではバックステージの映像やアーティストのメッセージなどライブビューイングでしか観られない特典シーンも盛り込まれており、その付加価値も高まる傾向にある。チケットの価格も3,000円代から4,000円代が中心であり、収益性のあるビジネスモデルとして確立されているのだ。
 映像技術の進化は目覚ましく、複数のカメラで臨場感ある映像を配信することや3D映像での中継も可能だ。こういった映像技術とライブビューイングを活用すれば、競技会場で観覧するのとはひと味違うスポーツの醍醐味を提供できるのである。また、システムの構成によっては多言語放送も可能であり、東京五輪開催中に日本を訪れるインバウンド観光客も日本人と一緒になってオリンピック観戦を楽しめるのだ。
ライブビューイングで客席を補うプランの導入を
図表1 競技会場で撮影した映像を公共施設、劇場、映画館(シネコン)などに配信するライブビューイングの概念図
 ライブビューイングはコンテンツの中継・配信システムからチケット販売、劇場の手配に至るまでのノウハウが確立されている。また、一般社団法人日本映画製作者連盟によると、2015年度末現在で全国には3,437のスクリーンがあり、97%にあたる3,351スクリーンがデジタル設備を整えている。加えて、3D上映が可能なスクリーンは1,152に及ぶ(※6)。
 仮に、デジタル設備を備えたスクリーンの半分を五輪用ライブビューイング席に割り当て、1スクリーンあたりの平均座席数を200席として計算した場合(※7)は、33万5,100席もの観客席が誕生する。このように、ライブビューイングのノウハウとシネコンのネットワークを駆使すれば、日本全国で臨場感あふれる観覧環境の提供が可能になるのだ。
 もちろん、有料上映にすれば、興行収入の一部はJOC(日本オリンピック委員会)の収益となる。チケット販売という経済的な事情から仮設の観客席を作らなくても、ライブビューイングによって観覧収益を作り、大会本部の収益とすることができるのだ。もちろん、配給会社や映画館などライブビューイングに携わる事業者にとっても新しいビジネスチャンスが創出されることになる。
 リオ五輪は、「仮設五輪」という新興国らしい大胆な発想と工夫によって「コンパクト五輪」を実現してみせた。しかし、地震国の日本では、リオの手法をそのまま模倣することは不可能である。リオに学ぶべき点は、従来の発想を捨て去り、大胆かつ独創な解決策を考案、実行したことにこそあるのだ。日本においても“日本独自の創造的解決”が求められているのである。
 ライブビューイングは日本の良質なコンテンツを背景にノウハウを確立したビジネスモデルだ。東京五輪における観客席不足の課題に、日本発のエンタメ手法を活用して対応し、経済波及効果も生み出す。そのような可能性を積極的に探ることも日本らしい東京五輪を実現するためには必要であると提案したい。
出典:
※1 愛媛新聞ONLINE 2016年8月24日配信 社説「東京五輪へ 膨大な開催費用の精査と圧縮を」より
※2 毎日新聞 2016年8月23日 「リオから東京へ展望と課題(上) 仮設 20年の手本に 膨らむ予算工夫で削減」より
※3 愛媛新聞ONLINE 2016年8月24日配信 社説「東京五輪へ 膨大な開催費用の精査と圧縮を」より
※4 毎日新聞(デジタル版)2016年9月8日配信 「20年東京五輪仮設客席は15万 リオと同構造 組織委」より
※5 『季刊カラオケエンターテイメント』(No.100、2016年冬号)「特集 音楽シーンの変化がカラオケを活性化する」より
※6 一般社団法人日本映画製作者連盟「日本映画産業統計 全国スクリーン数」より
※7 三井トラスト・ホールディングス業務部『調査レポート 2007/夏 No.58』(P29〜37)「シネマコンプレックスの現状と課題~転換期にさしかかったシネコン経営~」
http://www.smtb.jp/others/report/economy/cmtb/pdf/repo0706_1.pdf
図表6「シネコンの特徴と強み」の「1スクリーン当りの平均座席数でみると、150~250程度と比較的小規模に抑えられている」を参考に、1スクリーンあたりの座席数については、上記「150~250程度」の平均値である「200席」を採用した。

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