研究員Report_13
「ファーストキャビン
(宿泊特化型コンパクトホテル)

にぎわい空間研究所
研究員  迫 知宏  

デッドスペースを宝の山に変える
“未活用空間ビジネス” 
〜老朽化ビルに新たな価値を吹き込む宿泊業態の提案

 

 社会が成熟期を迎え、多くの既存市場が伸び悩む一方で、従来の発想では事業活用ができなかった“未活用空間”に独創的なアイデアを取り入れることで、新たな事業収益を生み出すことに成功した“未活用空間ビジネス”が次々と登場し、急成長を続けている。
 
 こうした“未活用空間ビジネス”は、①社会問題化している老朽化した中規模ビルを、独創的なホテル業態の導入によって再生を図るコンパクトホテル「ファーストキャビン」、②安定収益を生むコインパーキング事業を続けながら、その“空中”にテナント店舗を積み増すことで賃貸収益をも稼ぎ出す空中店舗「フィル・パーク」、③従来は事業対象にはならなかった店舗の軒先や駐車場の空き時間に着目して、インターネットでマッチングする軒先レンタルサービス「軒先ビジネス」など、多彩な分野での展開が進んでいる。
 
 以上の動向を踏まえ、今回は、中規模ビルの再生に成功した「ファーストキャビン」の事例研究を行った。
 
 宿泊特化型キャビンスタイルホテル「ファーストキャビン」は旅館業法の「簡易宿所」カテゴリーの法規(※)に基づいた宿泊業態であり、規格化された独自開発の客室「キャビン」の配置による“コンパクト&ラグジュアリーな宿泊空間”の提供を特徴とする簡易宿泊施設である。社会課題である老朽化した中規模オフィスビルなどの空きビルを低投資で簡易宿泊施設に転用し高収益ビルに蘇らせることができる画期的なビジネスモデルだ。
 
 そのビジネス構築はマーケティング的な分析に基づいている。ビジネスホテルとカプセルホテルの価格帯の間という「空白の価格帯」に適合する「コンパクト&ラグジュアリー」な宿泊施設として考案、事業化されたのである。
 
 ファーストキャビンの特徴は、簡易宿泊施設の代表業態であるカプセルホテルとは異なり、①内部で人が立てる天井高のキャビンの設計・開発、②旅客機をイメージしたブランディングとスタイリッシュなデザイン、③高級ホテルなみの高い接客レベル、④大浴場やラウンジなど充実した共用施設、などが挙げられる。通常のカプセルホテルは当日利用がほとんどだが、ファーストキャビンは予約による利用が8割以上に上ることからも、出張や観光の宿泊施設として認知、活用されていることが分かる。
 
 一方、ファーストキャビンを活用するビルオーナーにとってのメリットは、老朽化ビルを建て替えるリスクを取ることなく、低投資で改装して高利回りを生むビルに再生できることだ。事業採算の目安も明確だ。基本的な事業モデルの目安は100キャビンあたり①利用面積300坪、②投資3億、③工事期間3カ月、④利回り30%といった内容である。ファーストキャビンが築き上げてきた、高い話題性と低投資・高品質・高満足に貫かれた強固なブランド力がそれを可能にしている。事業形態もフランチャイズや運営受託など、多様な選択肢が用意されている。バブル期に大量に生まれた、老朽化して高い空室率に悩む中規模ビルのオーナーにとっては、まさに救世主のような存在だ。
 
 ファーストキャビンの事業主体は㈱ファーストキャビンである。商業施設やホテルなど幅広い分野の建築設計を手がける㈱プランテック総合計画事務所の子会社だ。ファーストキャビン事業は、その独創的な発想とマーケティング的な事業立案もさることながら、プランテック社が培ってきた建築的ソリューションによるところが大きい。宿泊用途向けとしては決して条件が有利ではない老朽化したオフィスビルなどの再生案件を徹底的に検証し、建築法規の豊富な知見を駆使しながら改築を行い、事業を成立させていくのである。
 
 平成29(2017)年10月時点で、ファーストキャビンは日本全国に16施設。同年度内には18施設まで伸びる予定だ。また、JR西日本との合弁会社も設立するなど他社との連携で事業拡大を加速させながら、平成34(2022)年には100店舗(海外含め)まで広げる見込みで事業を拡大していく。
 
 多くの業界と企業が成熟期や衰退期を迎えた今、リアル空間産業がその賑わいを取り戻すためには、あらゆる空間リソースの空きや無駄を事業活用することで収益の最大化を図ることが必要不可欠だと言える。にぎわい空間研究所では、そうした問題意識のもとに、新しいコンテンツやビジネスモデル、IT技術などを取り入れることで、デッドスペースを宝の山に変えることができる“未活用空間ビジネス”の動向について、今後とも注目していきたいと考えている。
 
 
※旅館業法の「簡易宿所」カテゴリーの法規
旅館業法では、①ホテル営業、②旅館営業、③簡易宿所営業、④下宿営業という4種類の営業形態にもとづき、それぞれに独自の規定が定められている。
簡易宿所(かんいしゅくしょ)は、「宿泊する場所を多数人で共用する構造及び設備を主とする施設を設け、宿泊料を受けて、人を宿泊させる営業で、下宿営業以外のもの」を行う施設をいう。ホテルや旅館営業と比べ、客室面積や部屋数、窓、浴室などの構造設備基準が大幅に緩和された簡易宿泊施設である。代表的な簡易宿所業態はカプセルホテルであるが、合宿所や民宿も該当することが多い。近年台頭してきた民泊もこれに該当する。
 

 研究Report_13

建築的な課題解決で中古ビル問題に挑む
〜設計会社が生んだ新たな宿泊カテゴリー〜

「ファーストキャビン」(宿泊特化型コンパクトホテル)

編著:にぎわい空間研究所編集委員会 
 
 
 

 インバウンド旅行者(訪日外国人旅行者)の急増によって、大都市圏を中心に宿泊施設の不足や料金の高騰が話題になることが多い。大型のホテル建設が進む一方で、既存の中規模ビルや空き家を再生したカプセルホテルやホステル、民泊などの簡易宿泊施設の新たな事業開発も話題になっている。
 
 なかでも急速に施設数を伸ばしているのが「コンパクト&ラグジュアリー」をコンセプトとした「ファーストキャビン」である。飛行機のファーストクラスをイメージした「キャビンスタイル・ホテル」の実態はどのようなものなのだろうか? 
 
 
コンパクトな宿泊空間と
上質な設備・接客による快適な宿泊体験
 
 

 ファーストキャビンの多くは駅から数分の利便性の高い立地にあるが、大通り沿いではなく、裏通りにあることが多い。まず印象的なのは飛行機をモチーフにしたマークと「FIRST CABIN」のロゴ。建物の外装もスタイリッシュに仕上げられており、中古ビルを活用した物件でも、一見そうとは分からない。
 
 
 
2017年4月に開業した「ファーストキャビン 京橋」。中央通りや昭和通りから少し離れた静かな環境に建つ。

 
 
 

 フロントでは、航空会社のCAをイメージした制服を着たスタッフが出迎える。施設の利用方法を説明してくれるが、とても丁寧な対応で好感度は高い。宿泊料金を支払ったうえで、フロアのカードキー、収納スペースの鍵、ヘッドフォンなどを受け取り、指定のフロアへと向かう。
 
 
フロントでの対応はシティホテルと同等のレベル。宿泊客の様々な要望にも対応する。(ファーストキャビン 京橋)
 
 
  
 フロアごとに、男性・女性が分かれており、エレベーターではフロントで受け取ったカードキーをセンサーにかざして押せるのは自分が宿泊するフロアと使用できる共用スペースのフロアだけなので、女性客も安心して宿泊できる。
 
 
 
 
エレベーターの利用には専用のカードキーが必要。(ファーストキャビン 京橋)
 
  
 
 宿泊のフロアには「キャビン」と呼ばれる個別の宿泊ユニットが並べられている。自分のキャビンまで靴のまま行くことができるのもカプセルホテルとの違いだ。特徴は内部の高さが2.1mあるのでキャビン内で立ち上がることが可能なこと。従来のカプセルホテルのような空間の圧迫感はほとんどない。
 
 
 
 
宿泊フロアにはキャビンの案内図があり、自分のキャビンの位置を確認する。(ファーストキャビン 京橋)
 
 
 
 キャビンの広さは「ファーストクラスキャビン」が4.4㎡、「ビジネスクラスキャビン」2.5㎡である。それぞれ、アコーディオンカーテンやロールブラインドで入口を閉めることができる。これらのキャビンは2段積みではないので寝返りなどの上部からの物音に気を使う必要はない。
 
 
 
 
ファーストクラスキャビンの室内(左)。アコーディオンカーテンの扉は上部が少し開いている(中央)。ロールブラインドで締め切ることのできるビジネスクラスキャビン(右)
 
 
 
 
 旅館業法「簡易宿所」規定の制約上、キャビン自体には鍵はかけられないが、ベッドの下には鍵付きの収納があるのでキャビンを離れるときには持ち物を保管することができる。施設内では共用スペースも含めて、キャビンウエアという室内着で過ごせる。
 
   共用スペースの充実もファーストキャビンの特徴だ。まず、ラウンジ。座り心地のよいソファやテーブル席などもあるので、ゆっくりと飲食や会話ができる。キャビン内は基本的に飲食禁止なので眠る以外の時間をここで過ごす滞在客も多い。
 
 
飲食やパソコンができるラウンジ。共用スペースの快適性の高さも特徴。(ファーストキャビン 京橋)
 

 
 ほとんどの施設には大浴場が設けられているとともに、シャワールーム、パウダールームなども数多く整えられており、清掃にも配慮しているので快適さは十分に確保されている。
 

 
大浴場に加えて、手軽なシャワーブースも完備。身支度を整える洗面室も快適。宿泊のキャビンフロアーにはズボンコンプレッサーや消臭剤も用意されている。(ファーストキャビン 京橋
 
 
 
 スタッフのホスピタリティの高さ、共有スペースの充実、そして宿泊空間としてのキャビンの快適性。こういった魅力を兼ね備えたファーストキャビンは、決してカプセルホテルの進化版ではない。「コンパクト&ラグジュアリー」というコンセプトに象徴されるように、カプセルホテルにはない快適で上質な宿泊価値の提供を前提に置きながら、コンパクトな宿泊空間と手頃な料金設定によって満足度の高い宿泊体験を提供する新たな宿泊業態なのである。
 
 その画期的な宿泊業態の誕生の背景には、事業主体である㈱ファーストキャビン、そして母体となる建築設計会社㈱プランテック総合計画事務所の経営哲学があった。
 
施主の利益を最大化する提案こそが
建築家の仕事と信じてきた設計会社
 

 

 
「弊社の設計者はまず、ビジネスを語れなければなりません」
 
 こう語るのは㈱ファーストキャビン(以下、ファーストキャビン社)、および㈱プランテック総合計画事務所(以下、プランテック社)の代表取締役社長、来海忠男氏である。
 
 建築家の大江匡氏(現・会長)がプランテック社を起業したのは昭和60(1985)年4月のこと。創業から約32年、現在は国内6拠点、海外5拠点、持ち株会社を含め7社のグループ企業であり、グループ全体での総売上100億円、総従業員350人に及ぶ。
 
 現在、ファーストキャビン社・プランテック社のほか、施工会社の㈱アセット・ファシリティーズの代表取締役も務める来海氏は自身も一級建築士であり、商業施設のプロジェクトなど「現場」を抱える現役の設計者でもある。心がけてきたのは、建築を通じてクライアントの利益を最大化することだ。内装デザインでコンペに参加しても、基本設計と事業計画を徹底的に検証し、そのプロジェクトがあるべき姿をゼロベースで提案してしまうのだ。
 
 例えば、平成27(2015)年3月の北陸新幹線開業に合わせてオープンした金沢駅の商業施設「金沢百番街」。基本計画に沿ってデザインの提案を求められたプランテック社は、新幹線と在来線の高架の間に屋根をかけて1万8,000㎡にも及ぶ商業空間を創出する新たな建築プランを提案。当初計画よりも事業費が1.5倍にも及ぶプランだったが、大きな売上増が見込めると試算した事業計画の提案は受け入れられた。結果として、施主である金沢ターミナル開発㈱が当初見込んでいた2倍もの売り上げが達成されたのだ。
 
 このほか、商業ビルやホテルの改修案件でも、既存設備の徹底的な検証と豊富な建築法規の知見で、独創的な提案を行いながらクライアントの望む事業のイノベーションを数多く実現してきた。
 
「クライアントの利益を最大化する建築を提案するのが自分たちの仕事だと信じ続けてきた設計会社だからこそ、ファーストキャビンを生むことができた」と語る来海氏。ファーストキャビンの事業化のきっかけもやはりクライアントの課題解決だった。
 
 

㈱ファーストキャビンおよび
㈱プランテック総合計画事務所の代表取締役社長、来海忠男氏

 
 
 
 

空白の価格帯に新たな宿泊コンセプト
「コンパクト&ラグジュアリー」を発案
 
 

 大阪市中央区難波。御堂筋通り沿いに「ファーストキャビン 御堂筋難波」がある。ファーストキャビンの1号店である。入居する難波御堂筋ビルディングは昭和63(1988)年に建てられた地下2階、地上11階建ての商業ビル。ビルオーナーは飲食店やパチンコチェーン「四海樓」を展開する光明興業㈱だ。
 
 2000年代の半ば、同ビルではテナントの撤退が続き、自社で運営していた高級スポーツクラブも閉業した。そこで、プランテック社のもとに相談が持ちかけられ、来海氏はオフィスビルへのリニューアルを提案。だが、同社からは「手堅く利益を挙げるよりも、人材を活用するための新規事業を開発するビルにしたい」と言われ、新たな事業の提案をするように求められた。
 
 当時、プランテック社ではかつてない宿泊施設の研究開発をしていた。英国、ロンドンのヒースロー空港には「ヨーテル」という宿泊施設がある。コンパクトな空間にベッドとシャワールームがあるデザイン性の高いホテルだ。ヨーテルからヒントを得た大江氏は日本でもコンパクトな宿泊施設の需要があると考え、社内での研究開発を指示していた。
 
 一方の来海氏はオリックス不動産㈱からの依頼を受けてホテル開発を進めていた。当時は1泊5万円以上するラグジュアリーホテルが日本にも登場した時期。
 
「高級感のあるホテルに泊まりたいが、高額な料金を払うのが難しい」というニーズに応え、無駄を徹底的に排除してコンパクトにすることで単価を抑える半面、設備やサービスは「ラグジュアリーホテルと同等のクオリティ」で提供するという、これまでにないホテルを目指した。平成19(2007)年7月、札幌と大阪で「クロスホテル」が開業。約10年が経過した今でも高評価を維持している。
 
 ラグジュアリーでありながら、広さや機能を制限することで価格を抑える。来海氏はクロスホテルで培ったこの考え方をコンパクトな新業態ホテルにも投入することを決めた。こうして「コンパクト&ラグジュアリー」というファーストキャビンのコンセプトが誕生したのである。
 
 もう一つ、来海氏が注目したのは、日本の宿泊施設の価格帯であった。まず、1泊3万円以上のラグジュアリーホテルがある。そして、シティホテル、ビジネスホテルと続く。それ以下は3,000円から4,000円のカプセルホテルである。つまり、ビジネスホテルとカプセルホテルの間の価格帯の宿泊施設が存在しなかったのである。

 

 
 
 
 古いビジネス旅館であれば5,000円前後で泊まれるが、衛生面などで生理的に泊まりたくないと感じている層も多い。この価格帯にラグジュアリーホテルにも負けない高い快適性の宿泊業態を生み出せれば必ずや支持されると来海氏は考えたのである。
 
 まず、改修費用を抑えてテナントビルをホテルに転用する宿泊業態として、旅館業法の「簡易宿所」カテゴリーを選んだ。法律的にはカプセルホテルと同じ範疇だが、カプセルとは考え方が全く異なる。スタリッシュで快適な客室空間「キャビン」を開発し、フロアに配置するのだ。
 
 そのうえで、デザイン性の高いフロントやラウンジの空間を作り、ラグジュアリーホテルに負けないホスピタリティの高いサービスを構築する。そうすればきっと、目指すべき宿泊価値を提供できると確信したのである。こうしてファーストキャビンという新しい業態の宿泊施設が進むべき方向が定まっていったのだ。
 
 
 

 
 

自社の投資で直営店を開業し、
事業のノウハウを構築する
 
 
 平成21(2009)年4月、第1号店となる「ファーストキャビン 御堂筋難波」が開業した。ファーストクラスキャビンが100室の規模だ。オープンからの半年間は、ビジネスホテルと同じ環境を求めて利用している宿泊客から「鍵がかからない」「音が筒抜けだ」とクレームが相次いだ。だが、その対応を通じて、ファーストキャビンの運営ノウハウが構築されていき、メディアでも取り上げられるようになると稼働率は7割を上回るようになっていった。
 
 
 
「ファーストキャビン 御堂筋難波」。かつてフィットネスで使用していたフロアも活用し、大浴場を設けた
 
 
「第1号店はフランチャイズだったので人件費や仕入れなど施設経営の実態は把握していませんでした。この事業を広げていくには自社で施設を直営し、経営の実態を知り、ビジネスモデルを構築しなければならないと痛感しました」と来海氏は振り返る。
 
 そこで、ファーストキャビン社では銀行から融資を受けて、直営施設の「ファーストキャビン 京都烏丸」を平成22(2010)年3月にオープンする。ファーストクラスキャビンに加えて、よりコンパクトな「ビジネスクラスキャビン」を投入し、121キャビンの規模で構成した。入居するビルに固定賃料を払い、スタッフを雇用しながら直営施設の経営をすることで、「ファーストキャビンという事業の仕組みを覚えた」(来海氏)のである。
 
 
 
 
 
 
 
 
様々な経営ノウハウを学んだ「ファーストキャビン 京都烏丸」
 
 
 
 
 2施設目が無事開業したものの、ブランドの認知度はなかなか高まらなかった。京都店の売り上げは伸び悩み、事業そのものが頓挫する危機感を抱いた時期もあった。追い風となったのは、平成24(2012)年4月に羽田空港第1旅客ターミナルへの出店を果たしたことだ。
 
 飛行機のファーストクラスをイメージした宿泊施設だったこともあり、羽田空港で「ファーストキャビン羽田ターミナル1」を開業できたことは、ブランドイメージの大幅な向上につながった。それまで営業はプランテック社の顧客に対して行なってきたが、ビルオーナー側からファーストキャビン事業への問い合わせが寄せられるようになった。
 
 
 
高い稼働率を誇る「ファーストキャビン羽田ターミナル1」。ブランドの認知度向上に大きく貢献した
 
 
 
 こうして、新規案件が着実に成約していった。結果として平成25(2013)年度1施設、平成26(2014)年度2施設、平成27(2015)年度2施設、平成28(2016)年度2施設と着実に店舗数を増やし、そして、平成29(2017)年度には8施設が開業する見込みまで成長していったのである。
 
 
※クリックで大きく表示
徹底的な検証と法規の豊かな知見が
建築的なソリューションを生み出す
 
 
「一般的にはオフィスの空室率が下がっていると言われますが、それはあくまで大規模なオフィスビルに限ったこと。バブル期に建てられた中規模のテナントビルをどうするかは、日本の抱える大きな問題です」と来海氏は指摘する。
 
 現在、国内の就業人口は減少の一途をたどることが見込まれていることに加えて、再開発によってオフィスビルは次々と建っている。オフィスニーズという縮小するパイを奪い合う状況は今後も続くだろう。こうした中、老朽化した中規模オフィスビルは空室率が高まる一方で、深刻な経営状態に陥っている。何もしなければ築年数の長い中規模ビルにとってテナントをめぐる状況はますます悪化するのである。
 
 だが、バブル期に建てられた中規模ビルのオーナーは高齢化し、建て替えるだけの財政的な体力に乏しいのが実情だ。東日本大震災以降は建設コストの高騰も続いている。建て替えることなく、低リスクで空き床を埋めたい。そう望むビルオーナーのソリューションこそが、ファーストキャビンなのである。
 
 まず、こういった中規模ビルのすべてが大通りに面しているわけではなく、三方向を建物に囲まれているビルも多い。ファーストキャビンは、旅館業法における簡易宿所の法規に基づいて施設を作るため、フロアの1面の壁に採光する窓があればよい。そのため、多様な構造のビルに導入することが可能だ。
 
 
 
ピンクを基調としたフロントのデザインはサブカルチャーの街、秋葉原にマッチしている(「ファーストキャビン秋葉原」)
 
 
 
 
 ただ、中古ビルをファーストキャビンに転用する際、建築的なソリューションが不可欠になる。空きフロアに単にキャビンを配置しただけでは事業計画が成立しないケースがほとんどなのだ。そのために既存の建物と設備を徹底的に調べ、法規と照らし合わせながら、不要な部分がないかを見極めていく。
 
 現在営業しているある施設では、計画当初は使用可能な床面積が足りずに、事業として成り立たせるのが難しかった。だが来海氏は、その物件が法規的に避難階段や車路が不要なことを突き止めた。それらの設備を撤去し、各階のキャビン数を増やすとともにラウンジを増築できたことで事業計画が成り立った。
 
「簡単に転用できる物件などありません。既存の建物を徹底的に精査して、工夫しながら変えていくことで事業計画が成り立ちます。工夫しなくても転用できるような物件であれば他にも使いようがあります。使い道がないビルだからこそファーストキャビンにする意味があるのです」(来海氏)
  
 改修した建築物が法規に適合するかを最終的に判断するのは行政である。法規を徹底的に検証し、行政が認めるラインを見極めながら改築プランを立てていく。その建築的な知見の豊かさにこそ、このビジネスモデルを成立させているプランテック社、ファーストキャビン社の実力なのだ。
 
 
 
使用面積300坪、初期投資3億円、
工事期間3カ月、利回り30%
 

 
 では、どのような条件であればファーストキャビンは成り立つのだろうか?
 
「近隣でビジネスホテルがあれば問題なくファーストキャビンへの需要はあり、経営は成り立ちます。ターミナル駅であれば駅から徒歩7、8分でもよく、表通りである必要はありません。地方都市でもやはりビジネスホテルの有無で判断できます。地方では坪あたりの売上への期待値が東京よりも低く、人件費も安いのでビジネスとして成り立つ可能性は十分にあります」(来海氏)
 
 事業形態は3種類。まず、ファーストキャビン社が物件を借りて運営する直営方式。オーナーがフランチャイズに加盟したうえで運営をファーストキャビン社に依頼する運営委託方式。そして、オーナーが自社で運営をするフランチャイズ方式である。
 
 

 
 
 基本的なビジネスモデルは、使用面積300坪、初期投資3億円、工事期間3カ月、利回り30%が目安である。
 
 
 
 
 こういったビジネスモデルを成立させる要因のひとつが、各部屋に水回りがないことによるコストの軽減だ。一般的なビジネスホテルの1室あたりの清掃時間は27分。その内の20分は3点ユニット(バスタブ、トイレ、洗面台)の清掃に費やされる。その時間を省き、各キャビン7分という清掃時間を実現したからこそ人件費の大幅な削減を実現したのである。
 
 また、昨今、外食産業は人材確保が困難であり、ホテル業も同様の状況である。だが、ファーストキャビンは旅客機をイメージしたブランディングによる、航空業界に興味のある若者たちが数多く集まっているという。
 
 
 
 
ビジネスパーソンに支持される
クオリティとシステムが基本
 
 
 コンパクトながらも上質な宿泊空間、そして快適性の高い共有空間とホスピタリティの高い接客を実現したファーストキャビン。利用客の中心はビジネスパーソンであり、この層に繰り返し利用してもらえる状況こそが望ましいという。
 
「最近、企業の部長クラスの方からファーストキャビンを使っているとお聞きすることがあります。出張しても深夜まで会食でチェックインは11時を過ぎる。翌日は6時にチェックアウトして朝食もとらずに新幹線に飛び乗る。夕方5時にチェックインして、10時にチェックアウトであればラグジュアリーホテルに泊まってもよいが、ちょっと寝るだけであれば、1万円前後のビジネスホテルよりもファーストキャビンの方が快適という方が多いようです」(来海氏)
 
 予約サイトのウェブマーケティングのデータでも、ファーストキャビンの利用者が、アッパービジネスホテルとの比較でファーストキャビンを選んでいるという傾向が見受けられている。どうやら、ファーストキャビンが追求してきたラグジュアリーの品質が利用者に認められているようだ。
 
 インバウンド旅行者の占める比率は3割程度に止める考えだ。団体旅行を取り扱う旅行会社には客室を提供せずに、ファーストキャビンを選び、予約してきた個人旅行者だけに対応していく。インバウンド旅行者をあるレベルに抑制することもまた国内利用客の満足度の維持につながっているのだ。
 
 
 
既存店舗のクラス別の料金分布。首都圏や地方など立地によって料金は異なるが、基本的にこれ以上は値上げすることはない。
駅前の民間ビルの活性化を図る
JR西日本の合弁会社が設立
 
 
 
 ファーストキャビンでは今後、国内で70店舗まで広げる余地があるという。東京の未出店のエリアに加えて、地方の中核都市での計画を進める。また、宿泊施設の老朽化と経営者の高齢化が進み、宿泊の供給が減少しているリゾート地への出店も積極的に進めていく。さらに、海外への展開も進めるべく、平成28(2016)年にはニューヨークに支社を設立した。
 
 国内では平成29(2017)年2月にJR西日本との合弁会社、㈱JR西日本ファーストキャビンを設立した。出資比率はJR西日本が51%、ファーストキャビンが49%である。代表取締役には、ファーストキャビンの来海忠男氏が就任した。
 
 JR西日本では駅の周辺に様々な業務施設や保養所、社宅などを所有している。だが、職員の減少、機能の集約化、そして老朽化などで用途を終えた既存施設が増えてきたが、十分に活用できていない状況が続いていた。同社ではこれまでもプランテック社に数多くの商業施設の設計を依頼してきた経緯がある。そこで、「遊休施設をファーストキャビンにできないか」という意見がJR西日本社内で持ち上がり、検討が始まったという。
 
 検討の結果、両社で合弁会社を設立することが決まった。JR西日本が合弁会社を設立するのは、京都駅リニューアルに伴って平成2(1990)年10月に設立された㈱ジェイアール西日本伊勢丹以来である。
 
 JR西日本ファーストキャビンでは、新たに「ファーストキャビンステーション」という姉妹ブランドを立ち上げた。鉄道会社らしく夜行列車をイメージしたロゴや店舗、そしてキャビンのデザインを行った。
 
 
「ファーストキャビンステーション」のロゴ
 
 
 
 ファーストキャビンステーション事業のリーダーシップを執る水田整氏(西日本旅客鉄道創造本部 担当部長、JR西日本ファーストキャビン取締役)は次のように語る。
 
「ファーストキャビンは空港にあって海外を含めてダイナミックに旅をするイメージがあります。一方のファーストキャビンステーションは、列車のイメージなので街に溶け込んで旅をするイメージを描きました」
 
 夜行列車をモチーフとしてロゴマーク、そしてキャビンのブラインドなどに使われたイメージカラーは濃紺で、どこか往年の寝台特急「ブルートレイン」を想起させる。また、キャビン内には「夜の車窓」をイメージした鏡面仕上げの黒色のプレートを設置するなどの趣向も凝らしている。
 
 

タイプの異なる2施設が
大阪は2017年10月開業、和歌山は計画中
 
 
 

 会社設立と同時に立案された物件は2つである。まず、「ファーストキャビンステーション あべの荘」だ。JR天王寺駅から徒歩約6分程度の住宅街に立地する物件で、元々は会社幹部の住宅として建てられたが、その後は宿泊可能な保養所や研修所として使われてきた。
 
 10年ほど前に使用が終了。その後、取り壊してマンションを建てるなど用途に関する議論が行われてきたが、2014年(平成26年)3月には近隣に超高層ビル「あべのハルカス」が完成。周辺地域全体での再開発が行われる可能性もあるので、どのような事業に活用するかが決められないでいた。
 
 そこで、ファーストキャビンの登場である。ファーストキャビンであれば、マンションや商業ビルを新築するよりはリスクが低く、万が一再開発のエリアに入って取り壊しになったとしても、キャビンなどの資機材は他の施設にも転用できるのだ。
 
 あべの荘では、従来からあった庭園を整備して残すとともに、レストラン棟を新設。3階建てのべ床面積約1,656㎡の建物内にはファーストクラスキャビンが12室、ビジネスクラスが101室、そして後述するプレミアムキャビンが17室設けられる。プレミアムキャビンについては、シングルとツイン、ダブルの3種類のほか、寝台列車「トワイライトエクスプレス」の内装を再現したコンセプトルームが2室用意される予定だ。
 
 また、施設の装飾には鉄道の枕木を使うなど、鉄道ファンでなくても喜ばれる仕掛けでファーストキャビンステーションの旗艦店舗としての雰囲気を醸し出し、国内外の観光客も取り込んでいきたい考えだ。事業形態はJR西日本ファーストキャビンの直営となる。
 
 
   「ファーストキャビンステーション あべの荘」。庭園を生かすとともに、レストランも新設する。
 
 
 一方の「ファーストキャビンステーション 和歌山」はJR和歌山駅直結の商業ビルの6階にオープンする計画。このビルの6階から9階には、JR西日本ブランドのシティホテル「ホテルグランヴィア和歌山」が営業している。
 
 6階フロアの約半分を占めていたウエディングのチャペルやバンケットをファーストキャビンステーションに転用する予定であり、運営は同ホテルを経営する和歌山ターミナルビル㈱が担う。
 
 敷地面積は約890㎡、キャビン数は約70室を予定している。観光客に加え、安価で快適な宿泊施設を求めるビジネス客の需要が見込めるとして計画中である。

 
 
 

グループ内から開発の案件が相次ぎ、
2018年も初年度を上回る開発を見込む
 
 
 

 今後、ファーストキャビンステーションはどのように展開していくのだろうか? 水田氏は「今回、タイプの違う案件を2つ事業化できたのは大きな一歩です。駅には駐車場や高架下などの空間もありますから、さらに研究を重ねていきます」と語る。

 

 しかしながら、駅という施設は様々なステークホルダーが関わっており、新規施設の開業まで10年、20年かかってしまうケースも多々あるという現実もある。そこで、水田氏が期待するのがJR西日本の駅周辺の民間ビルでファーストキャビンステーションを活用していくことだ。

 

「空きビルが増えることでエリアの人口密度が下がることは、街にとって大きなデメリットです。ファーストキャビンステーションを増やし、駅周辺の利用者を増やしていきたい。その活性化は結果としてJR西日本の本業である鉄道の乗降客数にも好影響を及ぼすはずです」

 

 水田氏は駅前の民間の遊休不動産やJR西日本の自社資産にファーストキャビンステーションを導入していけば十分にビジネスとしての展開は図っていけると考える。現在すでにグループ内外から様々なオファーが寄せられており、平成30(2018)年以降も初年度を上回るペースで複数店舗の出店を実現していきたい考えである。

 
 合弁会社設立という形態で本格的な導入を図ったJR西日本の展開によって、今後ファーストキャビンと異業種との、さらなるコラボレーションが生まれていく期待は大きい。すでに、複数の鉄道会社がファーストキャビン事業に取り組み始めている。また、会議室や研修施設の運営ビジネスを手がける㈱ティーケーピーでは2016年3月にファーストキャビンの発行株式の13%を取得したことを発表。資本の提携関係をベースにしながら、会議室併設型コンパクトホテル「TKPファーストキャビン」を3年間で10施設を展開していく考えだ。
 
 

水田整氏
(西日本旅客鉄道創造本部部長、
JR西日本ファーストキャビン取締役)

 
 
 
「再生」の理念を基本にしながら
「安くて、よいもの」を提供する
 
 
 
 他社との提携によって次々と案件が開発されるなかで、ファーストキャビン社では新たな宿泊キャビンの開発にも着手している。平成29(2017)年4月に開業した「ファーストキャビン 京橋」(東京都中央区)では、3室の「プレミアムキャビン」を設けた。
 
 プレミアムキャビンは旅館業法のホテルカテゴリーの法規に沿ったもの。壁で区切られた各部屋には採光できる窓があり、部屋の入り口には鍵も取り付けられている。広さは約20㎡だがユニットバスなどがないので一般的なビジネスホテルのシングルルーム(11㎡)よりも広く感じる。2人以上でも泊まれるプレミアムキャビンが登場したことで、今後は家族やカップルにもファーストキャビンの客層が広がることが見込まれるのだ。
 
 
 
 
 また、平成29(2017)年9月に開業した「ファーストキャビン TKP名古屋駅」(東京都中央区)では、「エコノミークラスキャビン」が登場した。同キャビンの高さは1.4mで広さ約2.5㎡。これまでのキャビンとは異なり、従来のカプセルホテル同様に2段重ねで、体を横たわらせる空間のタイプである。
 
 
 
 
 
 ちなみに、ファーストキャビン TKP名古屋駅は、大手予備校だった建物をファーストキャビンに転用した物件だ。国内には、かつて企業が設立した社員寮、研修所、学生寮といった施設で、活用されていない建物が数多くある。ファーストキャビンは、中規模テナントビルだけでなく、企業が持て余している福利厚生施設を活用するうえでも有効なのである。
 
 ファーストキャビン社では今後、施設数の拡大に伴って、エリアごとに運営を統括する会社の設立も視野に入れていく。やはり施設数が増え、とりわけフランチャイズが広がったときにどのようにサービスを維持するかが今後の大きな課題なのである。
 
 
 
空白の市場を探し出し、
ビル床の新たな価値を創出する
 
 
 
 来海氏はファーストキャビン社が会社として取り組んでいく事業は決してホテル分野だけに限らないと語る。
 
「ファーストキャビンは、ホテルを開発するだけの会社ではありません。価値のなかったものに何かを加えて、価値を再生する。使っていない土地や建物に宿泊以外の用途もあるはず。ビル床の新たな価値の創出。それがこの会社の役割です。今は、それを研究しています」(来海氏)
 
 同社ではすでに、ファーストキャビンによるビルの管理、マンションの宿泊施設への転用、ショッピングモールの新たな時間消費サービスの開発など新たな事業の開発に取り組んでいる。来海氏は5年から10年後を見据え、ファーストキャビン社の事業の半分はホテル関連、そして残り半分はホテル以外の事業で構成するのが望ましいと語る。
 
「弊社の事業の根本には必ず『再生』のコンセプトがあります。そして、ファーストキャビンが、空白だった宿泊マーケット”を見出したように、どのような業種にもあの『空白のゾーン』があるはずです。そのゾーンに投入するべき『安いけど、よいもの』をどれだけ探していけるか? それこそが弊社が取り組むべきことです」(来海氏)
 
 少子高齢化と人口減少が進む日本社会では労働力と国内消費が限られ、これまでのようなスクラップ・アンド・ビルドの発想だけでは事業が成立しないのは明白である。今、問われるのは、知恵と技術によって限られた経営資源を新たな価値へと変換していく能力なのだ。
 
 ファーストキャビンは、単なる宿泊の新業態であるというだけでなく、まさに日本社会が直面している社会の問題を解決するソリューションそのものである。今後、ファートスキャビン社、そしてプランテック社がどのような社会の課題に注目し、そしてどのように解決しながら新たなビジネスを構築していくか、大いに注目していきたい。(了)
 
 
 
 
 
 

 

<Date>
名称:ファーストキャビン
種別:宿泊特化型コンパクトホテル 
1号店開業:平成212009)年4
店舗数:16施設(201710月末現在、「ファーストキャビンステーション」1施設を含む)
 
事業主体:株式会社ファーストキャビン
本社所在地:〒102-0094東京都千代田区紀尾井町3-12紀尾井町ビル15
会社設立:平成182006年)7
資本金:119500万円
代表者:代表取締役社長 来海忠男
業績:
                        2016年3月期                           20173月期
売上高               67,8798,000                157,9049,000
営業利益            2,0484,000                      5,4867,000
経常利益            1,8415,000                      4,9136,000
当期純利益         1,5693,000                      5,3746,000
関連会社:株式会社ファーストキャビン開発
 
ウェブサイト:https://first-cabin.jp/