研究員Report_03
アグリビジネス創出フェア(展示会)

にぎわい空間研究所
主席研究員 降幡 恵

 
 学術的な研究成果をビジネスにつなげる
〜マッチングの新手法、コーディネート型展示会の可能性〜

 

 ビジネスの世界には「死の谷」という表現がある。ベンチャー企業が製品開発を進めるプロセスにおいて、実用化の目処が立った研究開発を事業化する際に立ちはだかる障壁のことである。
 
 障壁の多くは資金難である。とりわけ、日本における死の谷は深い。米国にはベンチャー企業を支援する文化があり、有望な研究やビジネスプランに投資するベンチャーキャピタル、エンジェル投資家などが数多く存在する。だが、日本ではそういった投資マインドは必ずしも高いとは言えず、それゆえ多くのベンチャー企業は事業化ができずに死の谷をさまようのである。
 
 農林水産・食品分野において、この死の谷に懸け橋をかけようとしているのが、農林水産省が主催する展示会「アグリビジネス創出フェア」である。同省の管轄にある研究所、そして全国の大学、関連の会社が出展し、取り組んでいる研究の成果を発表する。新規事業を模索している企業の担当者が数多く訪れ、事業化に向けたマッチングが生まれているのだ。私は、企画・制作プロデューサーとして本展示会に参加をさせていただいた。
 
 この展示会が他のビジネスフェアと大きく異なるのは、「コーディネーター」の存在である。専門知識を持ったコーディネーターたちは、出展者の研究内容などを熟知したうえで、マッチングを希望する企業や研究室を有機的につないでいくのである。会期は3日間だが、コーディネーターの多くは年間を通じて出展者と連絡を続け、最適なマッチングを模索している。
 
 インターネットを活用すれば、研究成果を全世界に発信できるし、クラウドファンディングで投資を呼びかけることができる。しかし、研究が事業化に至るまでには長い時間と膨大な資金を要する。その深くて、暗い死の谷を渡りきるのは、切実に求め合う者同士の出会いが不可欠であり、その適切な出会いを見極められるのは、やはり両者を熟知した「人」なのである。
 
 プレゼンテーションの場を提供する従来の展示会の機能に加えて、有機的にプロジェクトと企業、人と人とをつないでいくアグリビジネス創出フェア。その独自のマッチング手法は、リアルな場で行われる展示会というメディアが、その存在価値を高める上で有効な方法があることを示唆していると言えるだろう。
 
 

出典:出川通=田辺孝二「ベンチャー企業における「日本型死の谷」の考察(ベンチャー経営と政策)」
『年次学術大会講演要旨集』21巻1145頁(研究・技術計画学会, 2006)

 
 
 
 研究Report_03

研究の種とビジネスを結ぶ
〜アグリビジネスの活性化を演出する仕掛人たち〜
Vol.01

アグリビジネス創出フェア2015(農林水産省)

編著:にぎわい空間研究所編集委員会
 

 
 平成27(2015)年11月19日、東京ビッグサイトで開催された「アグリビジネス創出フェア2015」を訪れた。会場は東棟の一番奥、第6ホールだ。手前のホールで開かれていたインテリアや建築資材のビジネス展示会と比べると、落ち着いた展示会だという印象を受けた。
 
 アグリビジネス創出フェアは農林水産・食品分野をテーマにした研究成果を紹介する展示会で、出展者は主催である農林水産省が管轄する研究機関、大学の研究室、そして関連する分野の企業である。
 
 その狙いは、こういった研究成果を展示会というリアルな場で紹介することで、研究者と企業の交流を促し、ビジネスのきっかけを生み出していこうというものである。北海道から沖縄まで、全国の研究機関や大学の農林水産分野に関する研究内容が一堂に会する非常に稀有な展示会なのだ。
 
 会場に設けられたブースでは、研究機関や大学が研究成果を紹介するパネルや植物、食品、装置などを展示している。ブースに立って説明するのは研究者や学生たちである。理科系の研究成果の展示会ということもあり、営業担当者が売り込みに躍起になる通常のビジネス展示会とは異なり、どこか独特な雰囲気がある。ディスプレイもパネル展示が中心なので、B to B展示会のような派手な賑わいは感じられない。
 

 

平成27(2015)年11月18日(水)〜20日(金)に開催された「アグリビジネス創出フェア2015」の会場風景。
研究機関のブース、基調講演やプレゼンテーション、そしてマッチングツアーなどで構成されている。

 
 
 

アグリ関連研究の「種」や「芽」が
社会のニーズとダイレクトに出会う場所

 
 
 だが、出展者と話をしていくと、見た目の落ち着きからは計り知れない交流と相乗効果が生まれていることが分かる。会場で出会ったある研究所の職員がこんな話をしてくれた。
 
 「研究者は日頃、研究所や大学で仕事をしています。学会には参加しますが、最近は研究領域が細分化されているので、いつも決まったメンバーとしか交流できません。この展示会は多様な研究者たちが集まる場。自分の研究を広く伝えるうえで非常に貴重な機会です」
 
  研究者も自分の仕事の成果を社会に発信し、活用してもらいたいはずだ。最近は大学でも産官学連携の取り組みに力を入れ、研究内容をビジネス化する専門の職員を置き始めているが、研究者自身がよりダイレクトに企業からの反応を得られるのが、この展示会というわけだ。
 
  そして、ひと口に農林水産分野といっても、植物工場、新種の種苗開発、農業へのICTの活用、家畜の病原菌特定方法など実に多種多様だ。この展示会は、幅広い専門領域に門戸を広げているからこそ、研究する内容や活動地域は異なるが共通するビジョンを描く研究者との思いがけない出会いがある。工学など異分野の研究が農業分野で使えるかを試す機会となり、異分野の研究者たちが連携を生み出すきっかけづくりの場にもなるのである。
 


 
   別の研究者はアグリビジネス創出フェアのメリットをこう語る。
  「昨年、この展示会で出会った企業の方と共同研究を始めています。また、必要な技術について、会社から研修を依頼された例もあります。来場者にどんどん話しかけることができれば、出会いの機会は数多くあると思いますよ」
 
   一般的なビジネス展示会であれば、出来上がった製品を展示し、営業スタッフが来場者に売り込みをしていく。だが、この展示会で紹介される研究のほとんどは開発段階であり、成果を分かりやすく見せられないケースも多い。一方で、開発途上の「種」や「芽」、「つぼみ」だからこそ価値がある。絶好のパートナーと出会えれば、ビッグビジネスが生まれる可能性も十分にあるのだ。
 
   実際、この展示会には農業分野への参入を検討する大手企業の担当者が数多く訪れ、ビジネスの種を探しているという。実用化されていない研究段階の技術だからこそ、企業としても自社の強みと融合させる可能性を描けるのだ。
 
 

ブースには研究段階を示す「種」や「芽」、「つぼみ」のアイコンが設置され、
分かりやすいサインの工夫も。
またパンフレットでは、「製品化」「資金提供」など、
出展者がどのようなマッチングを希望しているかもアイコン表示している。