研究員Report_07
「第31回オリンピック競技大会2016
  リオデジャネイロ」(スポーツイベント)

にぎわい空間研究所
主席研究員  宮下 和久

仮設オリンピック・リオ五輪から学ぶ
ライブビューイングで客席を補うプランの導入を 
 
 
 

 平成28(2016)年8月5日から21日まで、「第31回オリンピック競技大会 2016/リオデジャネイロ(以下、リオ五輪)」が開催された。リオ五輪は、南米大陸で開催される初めてのオリンピックである。ブラジルという新興国がどのようなオリンピックを開催するのかを直接確かめ、その知見を2020年の東京五輪に生かすために、私は8月9日から13日にかけてリオデジャネイロ市を訪れた。
 
 いくつかの競技場を視察し、まず驚いたのは仮設の競技施設や通行設備の多さである。工事現場と見まがうような骨組みを露にしたスタジアムなどが数多くあった。リオ五輪は当初、6,400億円まで開催費用が膨らんだが、最終的には4,100億円まで削減することに成功した(※1)。その要因の一つが、オリンピック以外に使われる見込みのない施設に関してはすべて仮設で対応するという方針だったのである。
 
 リオ五輪閉会式に合わせて現地に入った小池百合子東京都知事は「アスリートファーストの目線で、この(大会)期間に十分耐えうるものであれば、ありかなと思う」と語った(※2)。計画当初は予算7,350億円で「コンパクト五輪」を謳っていた2020年東京五輪の予算は3兆円を超えるまで膨らんだ(※3)。リオ五輪の仮設を多用する方法論は予算を圧縮するうえで有効であるという世論が日本国内で盛り上がっているのも当然のことである。
 
 では、東京で「仮設五輪」を実現するのは可能なのか? 日本は地震国であり、夏期には大型の台風も襲来する。地震の少ない南米大陸東側に位置するブラジルとは、地震の可能性がまったく異なり、現行の建築基準法ではリオ五輪と同じ構造の仮設施設での対応は不可能だ。また、仮設施設の建造に必要な部材や座席などをいかに調達するか、そして五輪終了後にどのように活用するかという点でも、日本での実現には課題がある仮設のみに頼る方針には疑問が残るのだ。
 
 リオ五輪の視察を終えた2020年東京五輪・パラリンピック組織委員会は、東京大会に必要な70万席のうち15万席は仮設で対応する考えを表明している(※4)。地震国という厳しい環境のなか、この15万席すべてを仮設の施設にするしか方法はないのだろうか? 私は、観覧環境を補う一つの手段として、日本が得意とし、すでにインフラが整っている「ライブビューイング」を活用することを提案したい。
 
 ライブビューイングはコンサートや演劇、スポーツなどの公演を会場から全国各地のシネマコンプレックスやライブハウスへと中継・配信し、有料上映を行うビジネスである。生活圏に身近な会場で、大人数のファンと好きなライブをリアルタイムで楽しめることから近年、急速に市場を拡大している。業界最大手の配給会社、㈱ライブ・ビューイング・ジャパンでは、2015年に153案件の上映を行い、上映劇場数はのべ6,763 館(のべ7,450スクリーン)にも上った(※5)。
 
 最近ではバックステージの映像やアーティストのメッセージなどライブビューイングでしか観られない特典シーンも盛り込まれており、その付加価値も高まる傾向にある。チケットの価格も3,000円代から4,000円代が中心であり、収益性のあるビジネスモデルとして確立されているのだ。
 
 映像技術の進化は目覚ましく、複数のカメラで臨場感ある映像を配信することや3D映像での中継も可能だ。こういった映像技術とライブビューイングを活用すれば、競技会場で観覧するのとはひと味違うスポーツの醍醐味を提供できるのである。また、システムの構成によっては多言語放送も可能であり、東京五輪開催中に日本を訪れるインバウンド観光客も日本人と一緒になってオリンピック観戦を楽しめるのだ。
 
 

図表1 競技会場で撮影した映像を公共施設、劇場、映画館(シネコン)などに配信するライブビューイングの概念図

 
 
 

 ライブビューイングはコンテンツの中継・配信システムからチケット販売、劇場の手配に至るまでのノウハウが確立されている。また、一般社団法人日本映画製作者連盟によると、2015年度末現在で全国には3,437のスクリーンがあり、97%にあたる3,351スクリーンがデジタル設備を整えている。加えて、3D上映が可能なスクリーンは1,152に及ぶ(※6)。
 
 仮に、デジタル設備を備えたスクリーンの半分を五輪用ライブビューイング席に割り当て、1スクリーンあたりの平均座席数を200席として計算した場合(※7)は、33万5,100席もの観客席が誕生する。このように、ライブビューイングのノウハウとシネコンのネットワークを駆使すれば、日本全国で臨場感あふれる観覧環境の提供が可能になるのだ。
 
 もちろん、有料上映にすれば、興行収入の一部はJOC(日本オリンピック委員会)の収益となる。チケット販売という経済的な事情から仮設の観客席を作らなくても、ライブビューイングによって観覧収益を作り、大会本部の収益とすることができるのだ。もちろん、配給会社や映画館などライブビューイングに携わる事業者にとっても新しいビジネスチャンスが創出されることになる。
 
 リオ五輪は、「仮設五輪」という新興国らしい大胆な発想と工夫によって「コンパクト五輪」を実現してみせた。しかし、地震国の日本では、リオの手法をそのまま模倣することは不可能である。リオに学ぶべき点は、従来の発想を捨て去り、大胆かつ独創な解決策を考案、実行したことにこそあるのだ。日本においても“日本独自の創造的解決”が求められているのである。
 
 ライブビューイングは日本の良質なコンテンツを背景にノウハウを確立したビジネスモデルだ。東京五輪における観客席不足の課題に、日本発のエンタメ手法を活用して対応し、経済波及効果も生み出す。そのような可能性を積極的に探ることも日本らしい東京五輪を実現するためには必要であると提案したい。
 
 
 
出典:
※1 愛媛新聞ONLINE 2016年8月24日配信 社説「東京五輪へ 膨大な開催費用の精査と圧縮を」より
※2 毎日新聞 2016年8月23日 「リオから東京へ展望と課題(上) 仮設 20年の手本に 膨らむ予算工夫で削減」より
※3 愛媛新聞ONLINE 2016年8月24日配信 社説「東京五輪へ 膨大な開催費用の精査と圧縮を」より
※4 毎日新聞(デジタル版)2016年9月8日配信 「20年東京五輪仮設客席は15万 リオと同構造 組織委」より
※5 『季刊カラオケエンターテイメント』(No.100、2016年冬号)「特集 音楽シーンの変化がカラオケを活性化する」より
※6 一般社団法人日本映画製作者連盟「日本映画産業統計 全国スクリーン数」より
※7 三井トラスト・ホールディングス業務部『調査レポート 2007/夏 No.58』(P29〜37)「シネマコンプレックスの現状と課題~転換期にさしかかったシネコン経営~」http://www.smtb.jp/others/report/economy/cmtb/pdf/repo0706_1.pdf
図表6「シネコンの特徴と強み」の「1スクリーン当りの平均座席数でみると、150~250程度と比較的小規模に抑えられている」を参考に、1スクリーンあたりの座席数については、上記「150~250程度」の平均値である「200席」を採用した。

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リオ五輪の裏側を探る【前編】〜競技会場と周辺設備〜

第31回オリンピック競技大会 2016/リオデジャネイロ(スポーツイベント)

編著:にぎわい空間研究所編集委員会

 
 

 平成28(2016)年8月5日から21日まで、ブラジルのリオデジャネイロで「第31回オリンピック競技大会 2016/リオデジャネイロ(以下、リオ五輪)」が開催された。4年に1度のスポーツの祭典、オリンピックが南米大陸で開催されるのは初めてのことであり、ブラジルという新興国がどのようなオリンピックを実現するかに注目が集まっていた。
 
 本稿では、現地視察を行ってきた宮下和久主席研究員からヒアリングした内容と写真を中心に、テレビでは映し出されることのなかったリオ五輪の裏側を紹介していきたい。

 
 
仮設の競技会場を利用しながら
すべての競技に対応したリオ五輪
 

 リオ五輪の競技会場は、リオデジャネイロ市の4エリアに点在している。高級リゾートとして名高い「コパカバーナ地区」。開会式・閉会式が開催されたスタジアムが位置する「マラカナン地区」。常設のスタジアムが集積する「バーラ地区」、そしてラグビーや陸上ホッケーなど仮設のスタジアムが設けられた「デオドロ地区」である。それぞれのエリアは鉄道や地下鉄、そしてオリンピック専用のバス「BRT」などの公共交通で結ばれている。
 
   
 
 

 競技会場は、既設の施設を利用したものと、今回のリオ五輪のために設けられた仮設の施設に大別できる。また、それぞれの施設への動線においても仮設の通路や歩道橋が数多く設置されたのもリオ五輪における特徴である。
 
 前編となる本稿では競技会場を中心とした施設に注目し、以下の6つについて競技施設とその周辺のインフラ、競技会場、サインなどの施設を中心に紹介する。
 
①バーラ五輪パーク(Barra Olympic Park):バーラ地区
②五輪スタジアム(Olympic Stadium):マラカナン地区
③五輪ゴルフコース(Olympic Golf Course):バーラ地区
④デオドロ競技場(Deodoro Stadium): デオドロ地区
⑤ビーチバレーアリーナ(Beach Volleyball Arena):コパカバーナ地区
⑥Tokyo2020ジャパンハウス(Tokyo 2020 JAPAN HOUSE):バーラ地区
 
 
 
 

【①バーラ五輪パーク(Barra Olympic Park)】
 
    さまざまな競技会場が集積する「バーラ五輪パーク」。パーク内には案内サインが設置されているが、表記はポルトガル語と英語のみである。ボランティアを配置し、対人での案内でサインの少なさをフォローしている。仮設のテニススタジアム「五輪テニスセンター(Olympic Tennis Center)」では、曲線のスタンドを実現。日本では例のない工法を採用していた。また、フェンシング競技が行われた「カリオカアリーナ3(Carioca Arena 3)」でも、スタンドの座席はほとんどが仮設であった。
 

 バーラ五輪パークの全景。VISAのパートナーブースのジオラマ  会場最寄りのBRT(オリンピック専用バス)の駅。ボランティアが案内  会場へと続く専用道路。両脇には仮設のフェンスが設けられている  パークと公共交通機関を結ぶ道路。仮設の歩道橋で線路を越えていく  五輪テニスセンター。仮設ながらも曲線の形状を実現しているのが特徴  白いテントの奥には各競技会場のチケットブースが設けられている  国際メディアセンターの外観  NHKが中継で使用した仮設スタジオ。コンテナの上に設置されている  スポンサー名が表示されたサイン  各競技会場へと分かれる場所ではボランティアがアナウンスで案内  フェンシングの競技会場の「カリオカアリーナ3」
 
 
 
 

【 ②五輪スタジアム(Olympic Stadium)】
 
 陸上競技が行われた「五輪スタジアム」は、男子短距離走のウサイン・ボルト選手の100m、200m、4×100mの3連覇で湧いた会場だ。スタジアムそのものは常設の施設だが、スタンドには仮設の座席も設けられており、VIP用のエリアも見受けられた。スタジアム内には既設の広告サインなどは見受けられなかった。
 

 会場内部に入るとマスコットキャラクターのウェルカムボードが出迎える  スタジアムの案内サイン。ここで東西に分かれる。英語とポルトガル語のみ  陸上のトラック種目、フィールド種目の競技会場である五輪スタジアムの入口  スタジアムのロビー。公式グッズのショップや飲食の売店などがある  ボランティアセンターの受付  スタジアム内部。手前が100m走の競技トラック。テレビカメラを配備  スタジアムから仮設の通路を経て、鉄道の駅に向かう  鉄道の駅とスタジアムは歩道橋で結ばれている
 
 
 

【 ③五輪ゴルフコース(Olympic Golf Course)】
 
 リオ五輪では112年ぶりにゴルフがオリンピック競技として復活をした。会場となったゴルフ競技場「五輪ゴルフコース」は、今回の五輪のために造成された。競技エリアの周辺は砂利の地面が広がり、養生用の樹脂パネルを敷き、来場者の通行ルートを形成した。18番ホールの付近にはスタンドだけでなく、VIP専用の仮設の施設が設けられていた。
 
 幹線道路からゴルフ競技場へのエントランスエリア  チケットブース。砂利の地面には樹脂製の養生が敷かれている  大型のLEDモニター。来場者は手前にある飲食エリアから視聴できる  会場の誘導サインとゴルフコース全体の案内図  コース内部に設置されたスコアモニター。順位や選手紹介を表示する  18ホールのコース。左手は仮設のスタンド、奥のテントはVIP用のエリア  中央は仮設のスタンド。タワーは空中撮影用のカメラのワイヤを設置するもの  左手はVIP施設。入口にはスタッフが立ちVIP用チケットを持った人々を出迎える  仮設のテントではゴルフという競技を紹介する展示が行われていた

 
 
 
 

【 ④デオドロ競技場(Deodoro Stadium)】
 
  ラグビー7人制競技が行われた「デオドロ競技場」の周辺には、陸上ホッケー、射撃、馬術などの競技会場が集積するとともに、パブリックビューイングなどのイベントエリア「Xパーク」も設けられた。ラグビーなどブラジルで盛んでない競技に関しては、ほとんどが仮設施設での対応となった。
 

 競技会場周辺の道路は封鎖され、軍の装甲車や兵士が警備にあたっている  公共交通から競技会場エリアへと向かう来場者専用の通路  専用通路を経て、仮設の歩道橋で線路を越えるとラグビーの競技場が現れる  線路を越える仮設歩道橋の全景  ラグビーと陸上ホッケー共通のチケットブース。当日券を販売する  スタジアムの入口。仮設のスタジアムであることが一目瞭然である  スタジアムのスタンドとフィールドの全景(左側)。  スタジアムのスタンドとフィールドの全景(右側)。  スタジアムの1人がけボックスシート。ひな壇状の箱にビス止めで設置  スタジアムの4端は曲線を描くスタンドになっている  曲線のスタンドの裏側。曲線状の仮設スタンドの事例は日本では稀有
 
 
 
 

【 ⑤ビーチバレーアリーナ(Beach Volleyball Arena)】
 
  リオデジャネイロ屈指の高級リゾートエリア、コパカバーナビーチには、現地でも人気のあるビーチバレーの競技アリーナが設けられた。高さ7階程度の仮設スタジアムが建つのは砂地の地面。五輪のロゴをあしらった懸垂幕で内部構造を隠しているのは一部のみである。
 

 コパカバーナビーチにある仮設スタンド「ビーチバレーアリーナ」  正面部分のみ五輪のロゴをデザインした懸垂幕が設置されている

 

 
 
 
 

【 ⑥Tokyo2020ジャパンハウス(Tokyo 2020 JAPAN HOUSE)】
 
 リオデジャネイロ市では2020年の東京五輪と日本を紹介する「Tokyo2020ジャパンハウス」も登場した。メイン会場はアルヴォラーダ駅の近隣にある博物館1階部分のピロティ部分。東京五輪の概要、全都道府県の紹介、日本文化の実演・体験コーナー、そしてロイヤルスポンサーの紹介ブースなどが設けられた。
 
 Tokyo2020ジャパンハウス入口。メインのサインと会場の案内図  東京五輪の概要とロゴを紹介するディスプレイ  応援メッセージボード  日本の全都道府県の特徴を写真で紹介した展示  日本文化の体験コーナー。茶道、浴衣、書道、ヨーヨー釣りを体験できる  東京五輪2020パートナー各社も出展。写真はアシックスの展示エリア
 
 
 

日本人らしいクリエイティブな発想で
会場不足を補う方法論を模索する
 
 
 今回の写真レポートからも分かる通り、リオ五輪では仮設のスタジアムやスタンド、通行路、歩道橋などが多用された。現在、2020年東京五輪の組織委員会では、リオ五輪にならい、仮設の施設によって15万席ほどを用意する方針である。しかし、日本は地震国であり、仮設の競技会場を作って数万人単位の人々を収容するには安全性の問題がある。

 
 必要な観覧席を提供するには、仮設の施設に固執するだけでなく、シネマコンプレックスやライブハウスに競技中継を配信するライブビューイングなど、日本が培ってきたノウハウやインフラを活用する方法もある。リオ五輪でブラジルの人々が仮設施設で予算難を乗り切ったように、東京五輪には日本の独創性で競技場と客席を整備する方法があるはずだ。
 
 クリエイティブな発想と新しい方法論に挑戦する実践力。それこそが、日本が2020年の東京五輪を通じて得られることなのだ。
 
 次回『リオ五輪の裏側を探る【後編】』では、競技会場でのセキュリティやホスピタリティ、会場同士をつなぐ公共交通などインフラを紹介していく。